2021年のカンヌ国際映画祭・監督週間でワールドプレミアを迎え、同年の東京フィルメックス・コンペティション部門では仮題『砂利道』として上映されたパナー・パナヒ監督の初長編映画『君は行く先を知らない』が8月25日(金)より公開。このたび、映画祭や先行試写などで「耳に残る」と話題になっている本作の音楽や日本とは大きく異なるイラン国内のカルチャー事情についてパナー監督が語った。
本作はイラン映画界の巨匠であり、規制に屈することなく映画を作り続けるジャファル・パナヒの息子、パナー・パナヒの長編監督デビュー作にして世界各国96の映画祭にて大絶賛を浴びている一作。父ジャファルがプロデューサーを務める本作は、イランの荒野を車で移動する家族のロードムービー。車はどこへ向かうのか? 何が一家を待ち受けているのか? 大人たちが口に出さないこの旅の目的が明らかになる時、私たちは深い感動に包まれる——。
現在のイランでは誰しもが自由に創作物を発表できる環境ではない。それはイラン革命前と後で明確に分かれる。監督はそれについて「映画で使われている歌は革命前、考えてみたら50年近く前の音楽です。当時は超有名なスターだったシンガーたちが歌っていて、国民誰しもが聞いていた音楽でした。革命があっても彼らの歌は親から子へ受け継がれて聞かれていて、ノスタルジーを感じさせ、いい思い出が蘇るものでもありみんな好きだったんです。昔の歌と一緒に、子どもたちも大きくなってきた感じ。そして今考えると、昔の歌には歌詞にも意味があり“正しい”音楽だった。革命が起こると体制が好む音楽は違ったりしていて、人々は体制が好む音楽は好まない。だから残らない。でも革命前の歌はノスタルジーもプラスして人の心に残るんです。そして、今回映画に使ってみて思ったのは、イランの歌は不思議なんですがテンポが速いんですね。だけど歌われているのは別れなど悲しいテーマ。そこにパラドックス(逆説)が生まれています。この映画はパラドックスを大きなテーマとしているので、それも歌を選んだ一つの大きな理由でした」と明かす。
そして「自分は、登場するキャラクターの持っているフィーリングやその時の気持ちを歌で表そうとしていたんです。イランの親世代というのは、海外の音楽では心が動いたりとか悲しくなったりとか思い出を浮かべたりすることができないんですよね。だから昔から本当に自分が聞いていた言葉、音楽、歌だったらこのキャラクターの心も動く。そしてそのフィーリングは表情に表れてくる。だから海外のオールディーズではなく、イランの曲にこだわりました。クラシックも使っているんですが、クラシック音楽とイランの歌謡曲のテンポって全く違うので、そこでもパラドックスが生まれるんではないかなと思って入れています」と、この映画の中の「歌」とキャラクターたちの心情をうまく絡めた独自の制作スタンスについて語った。
その曲調が日本の70年代歌謡曲を思わせる点については「自分のTwitter(X)で予告編をアップしていたんですが、そこで使っている歌は映画では使っていないものの雰囲気はすごく似ていた。そうしたら『日本の昔の歌みたいです』とコメントをもらったんです」と、監督自身も日本の歌謡曲と似ていることは知っていたそう。日本版の予告編では劇中歌が使用されているが、どこか懐かしみのある曲調は親和性が高いと感じる人も多いだろう。
日本でも“平成レトロ”がブームとなり、世界的にもシティポップ流行など、再発見と再構築のムーブメントが起こっているが、「世界的に、音楽もそうだしファッションもそうなんだけれども、どこか繰り返してる。これはエボリューションではあるんだけども、芸術の世界ではゼロから作り上げていくことは難しいと感じている。今まであったものを新しい道に作っていくのは正しいと思うんだけれど、ゼロから新しいものを“無理して”作るのは間違いではないのかなと」と、新世代らしい見解も語った。
イラン国内のクリエイター事情については、「革命後は、音楽は誰がどのように作ればいいかもわからなくなっていたので、何もなかったんです。革命前の素晴らしいシンガーの曲もイランにいた時は素晴らしい制作陣による高いクオリティだったけれど、海外に行ってしまうと制作陣もバラバラになってしまい、質が落ちてしまった。イランには人材育成の学校もありますが、体制側が好み育てているものは、国民があまり好まない。だからしばらく革命前の音楽を聞くことになりました。インターネットが発達して全世界の情報も手に入るようになっているし、機材も手に入るようになった。15年くらい前から若者が素晴らしい音楽を作ってますけども発表する場はほとんどない。体制の許可をもらわないといけない。だからネット上で発表し、誰かがダウンロードするというイレギュラーな形ではあるけど、音楽はめちゃくちゃいいんです!」と語った。
音楽にも深い見識を持つパナー監督だが、「次回作にはミュージカルを予定している」とのことで、「日本でも映画を撮りたいと思ってるんだ!」と笑顔で抱負を語った。
今回解禁となる動画は、母と次男をメインとした撮影の裏側風景。流れる歌は、Ebiが歌う「Shab Zadeh」という曲で、母の思い詰めた表情と無邪気に歌を口ずさむ次男、そして歌が、監督の狙いとした「パラドックス」を生み出していることがわかるものとなっている。
『君は行く先を知らない』は8月25日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国ロードショー。
君は行く先を知らない
2023年8月25日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国ロードショー
STORY
荒涼としたイランの大地を走る1台の車。後部座席では足にギプスをつけた父が悪態をつきながら、旅に大はしゃぎする幼い次男の相手をしている。助手席の母はカーステレオから流れる古い歌謡曲に体を揺らし、運転席では成人した長男が無言で前を見据えている。次男が隠し持ってきた携帯電話を道端に置き去ったり、尾行に怯えたり、転倒した自転車レースの選手を運んだり、余命わずかなペットの犬の世話をしたりしながら、一家はやがてトルコ国境近くの高原に到着する。旅の目的を知らない次男が無邪気に騒ぐ中、両親と長男は…。
原題:HIT THE ROAD
製作:ジャファル・パナヒ(「人生タクシー」)/パナー・パナヒ
脚本・監督:パナー・パナヒ
出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハ、ヤラン・サルラク、アミン・シミアル
2021年 | イラン | ペルシャ語 | 1.85:1 | 5.1ch | カラー | 93分 | G | 英題:HIT THE ROAD |
日本語字幕:大西公子 | 字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
後援:イラン・イスラム共和国大使館イラン文化センター | 提供・配給:フラッグ | 宣伝:フィノー
©JP Film Production, 2021
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