A24が新たに贈る注目作『インスペクション ここで生きる』が現在全国公開中。このたび、本作のエンディングに使用されるSerpentwithfeetによる主題歌「The Hands」に込められた想いが明らかにされた。
『ムーンライト』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』ほか、革新的な作品を次々と送り出してきた映画会社A24の最新作『インスペクション ここで生きる』は、新鋭監督エレガンス・ブラットンが自らの半生を描いた実話ストーリー。イラク戦争が長期化する2005年・アメリカ。ゲイであることで母に捨てられ、生きるためにすがるような想いで海兵隊に志願した青年。しかし、彼を待ち受けていたのは、軍という閉鎖社会に吹き荒れる差別と憎悪の嵐だった。主人公であるエリス・フレンチを演じるのは、俳優、そして歌手としても活動し、2019年のトニー賞では別々のパフォーマンスで 2つの部門(演劇主演男優賞/ミュージカル助演男優賞)にノミネートされるという、史上6人目の快挙を成し遂げたジェレミー・ポープ。音楽は「21世紀の最重要バンド」と評されるアニマル・コレクティヴが担当。逆境に屈せず前を向く主人公フレンチの姿をエモーショナルに彩っている。
本作の主題歌を手掛けたSerpentwithfeet(サーペントウィズフィート)ことジョサイア・ワイズは、アメリカ・ボルチモア出身のR&Bシンガーソングライターで、ブラックでありクィアを公言している気鋭のアーティスト。ジェンダーに縛られない甘美な歌声と、ゴスペル由来の繊細で艶めかしいサウンドが世界を魅了し、2018年のフジロックフェスティバルにも出演をしている。そんな彼が本作のために書き下ろした主題歌「The Hands」は、作品全体を包み込むように本編のエンディングで優しく奏でられる。
その歌詞の中に、「のどが渇いた時水をくれた/傷つかぬよう守ってくれた/いつも僕によくしてくれた/多くの人生をもたらした手」「汚れた僕を清めてくれた/かくも優しくやわらかい手/今すべての言葉が僕の手に/あらゆるものが僕の手」にという一節が登場する。タイトルのとおりあらゆる「手」を歌っているのだが、それはゲイであることで捨てられホームレスを余儀なくされた主人公の青年・フレンチから、母親に向けてあてられたメッセージとしての形を取っている。
母親がかたくなにゲイである息子を受け入れようとしないのには、実は彼女が保守的なクリスチャンであることが大きく起因しているのだが、現代の日本ではともすれば“毒親”とも捉えかねられないその徹底した拒絶の仕方に驚く観客も少なくないだろう。しかし、フレンチは海兵隊というただでさえ過酷な訓練が待ち構え、激しい差別が蔓延る逆境の中で「自分自身であること」そして「母親と向き合うこと」を決して諦めない。
ジョサイアは、これは「祈りの歌」だと説明している。「フレンチは強い意志を持っていて、それと同時に繊細さと前を向くひたむきさを常に失うことはありません。それを歌詞にも音楽にも反映させたかったのです」と楽曲に込めた想いを語っている。
また、実体験をもとに自らの半生を映画化したエレガンス・ブラットン監督は、「母親と息子の複雑な関係性をよく表していると思います。この歌が指すように、私にとって母親は、はじめて自分を愛してくれた人であり、はじめて自分を拒否した人でもあります。人生というのはとても複雑で、幸せとは簡単に手に入るものではありません。でも、これまで得てきた経験をもとに勝利を掴むものだと思っています。だからこそ、この楽曲を映画のラストに持ってきたのです」と明かしている。
ホームレスから海兵隊、そして映画監督として、困難さに捉われずどの環境にあっても常に自分らしくあることを開示し続けてきた監督と、それにインスパイアされたアーティストによる、ゴスペルのようにあたたかく作品を祝福する壮大な主題歌をその歌詞とともにスクリーンで堪能してみよう。
『インスペクション ここで生きる』はTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほかにて全国公開中。
インスペクション ここで生きる
2023年8月4日(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開
STORY
ゲイであることで母に捨てられ、16歳から10年間ホームレス生活を送っていた青年・フレンチ(ジェレミー・ポープ)。どこにも居場所を許されず、自らの存在意義を追い求める彼は、生きるためのたったひとつの選択肢と信じて海兵隊への入隊を志願する。だが、訓練初日から教官の過酷なしごきに遭い、さらにゲイであることが周囲に知れ渡るや否や激しい差別にさらされてしまう……。理不尽な日々に幾度も心が折れそうになりながらもその都度自らを奮い立たせ、毅然と暴力と憎悪に立ち向かうフレンチ。孤立を恐れず、同時に決して他者を見限らない彼の信念は、徐々に周囲の意識を変えていく。
監督・脚本:エレガンス・ブラットン(初長編監督作品)
出演:ジェレミー・ポープ、ガブリエル・ユニオン、ラウル・カスティーヨ、マコール・ロンバルディ、アーロン・ドミンゲス、ボキーム・ウッドバイン
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
2022年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/5.1ch/95分/R15+/原題:THE INSPECTION 日本語字幕:松浦美奈
©2022 Oorah Productions LLC.All Rights Reserved.
この記事が気に入ったらフォローしよう
最新情報をお届けします
Twitterでフォローしよう
Follow WEEKEND CINEMA