第78回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞し、第98回アカデミー賞のドイツ代表にも選出された『落下音』が4月3日(金)公開。このたび、内田春菊、枝優花、小林エリカ、羽永、長島有里枝、松田青子、和田彩花ら著名人から届いた絶賛コメントと、感情の境界線に立つ少女の“心の揺れ”を捉えた本編映像が解禁された。
1910年代のアルマ、1940年代のエリカ、1980年代のアンゲリカ、そして現代のレンカ――本作は、4つの異なる時代を生きる4人の少女たちが、同じ土地で体験する不可解な出来事を描いた、百年にわたる映像叙事詩。手掛けたのは、本作がカンヌ初参加で長編2作目というドイツ出身の新鋭マーシャ・シリンスキ監督。

今回解禁されたのは、少女アンゲリカが世界と自分への疑問を見つめる本編映像。「心臓に止まれと命令しても、心臓は止まらず鼓動を続ける。決心が足りないのかも」「私が本当に望んだら?」「人は逆さに見えているというが、実際に全部逆なのかも」――当たり前に受け入れてきた日常を疑い、感情の境界線に立つ少女の心の揺れを捉えた映像となっている。
シリンスキ監督は、本作のテーマとして「たとえば、なぜ身体はときに自分を引き留めるのか、あるいはなぜ自分の身体が自分を裏切る瞬間があるのか」にも関心を寄せたという。「本作にはこんな一節があります――隠そうとしているのに、なぜ頭(顔)が紅潮して、自分の羞恥を皆に見せてしまうのか。なぜ私たちの身体はそれを可視化するようにできているのか――」とあるシーンを挙げ、「この物語は、ドイツの映画ではありますが、テーマは普遍的で、どこにでも置き換え可能だと思っています」とも言及。
「日常の細部は場所によって異なるでしょう。でも、個々の女性や少女の目を通して、彼女たちが周囲で起きていることをただ観察するその視点――観客が彼女たちの日々の体験へまっすぐ投げ込まれる感覚は、世界のどこでも成立しうる」「私たちが試みたのは、人が実際に感じている経験の中にある言葉のない空隙、だが、まだ言語が追いついていない領域を探り当てることです」「私は、ある時点から人は言葉や文章そのものは思い出さなくなるが、感情はなお残ると信じています。だからこそ、この映画の台詞は少ない。記憶の機能にとって、台詞は必ずしも本質的ではないからです」と語っている。
あわせて、各界著名人からのコメントも到着。内田春菊(漫画家・俳優)は、「誰かと一緒に遠い国へ旅に行ってきたような気分になり、余韻に長く時間を取られています」、枝優花(映画監督・写真家)は「良い映画は匂いと湿度を体感できる」、小川知子(ライター)は「祈るような気持ちで願った。重力と時間という囚われの場所で、落下の意味が反転することを」、奥浜レイラ(映画・音楽パーソナリティ)は「これは美しくて血生臭い、今日にも続く私たちの足跡。他人事とは思えず、すぐに席を立てなかった」と語る。
児玉美月(映画批評家)は「このあまりに美しい映画を、生涯できっと何度も見返すだろう」、小林エリカ(作家、アーティスト)は「世代を超えて女から女へと受け渡されてゆく歴史や想いは決して消えないということは心底恐ろしくもあり悲願でもある」、Yusho Kobayashi (ファッションデザイナー)は「そこに閉じ込められた一瞬の美しさと、蓄積した痛みが、光となって、わたしの瞳を何度も刺激してくる」、五所純子(作家・文筆家)は「あの農場は感情の周波数を増幅し、観客のからだをも共振板に変えてしまうらしい。損傷をおそれずに」、瀬川裕司(ドイツ文学者)は「死や性といったテーマ、水のイメージ、官能的な撮影と音響など、観る者の感性を揺さぶる作品」と称賛。
長島有里枝(アーティスト・写真家・文筆家)は「つまらない自分を終わりにしてしまいたいという恐ろしい気持ちの存在を、こんなにぴったり言い当てた映画に出会ったのは初めてかもしれない」、野中モモ(翻訳者・ライター)は「普遍的であるのと同時に2020年代に作られるべくして作られた映画だと思います」、羽永(フォトグラファー・クリエイター)は「不穏で美しい映画体験でした」、松田青子(作家)は「胸に焼きつく大傑作」、安田菜津紀(メディアNPO Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)は「この映画を観ながら終始心がざわつくのは、その暴力が決して「過去」になっていないからだ」とコメント。
山崎まどか(コラムニスト)は、「歴史の大きなうねりに隠された、暗騒音のような女性たちの物語」、ヤンヨンヒ(映画監督)は「登場人物の皮膚の奥を覗き込んでいるようで眩暈がした」、 和田彩花(詩と言葉のアーティスト)は「私たちが抱く観念、概念への問いは、けして人を不安にさせるものではなく、美しいものであるといわれている気がした」と、それぞれの言葉で絶賛を送っている。
コメント全文・一覧は以下のとおり。
著名人コメント全文 ※50音順※敬称略
映像に身を任せ、たゆたうように観ました。
しばらくすると女の人生がいくつも浮かび上がっては消え、
そして落ちていきました。誰かと一緒に遠い国へ旅に行ってきたような気分になり、
余韻に長く時間を取られています。
内田春菊(漫画家・俳優)
良い映画は匂いと湿度を体感できる。
この映画は常に肌にまとわりつくような
湿ったにおいの不快感が永遠に続く。
居心地が悪い。ぐらぐらする。
不愉快なのに良いと思ってしまう。
枝優花(映画監督・写真家)
子どもの頃に抱いた、死への興味と疑問。女性として、あるいは透明な存在として向けられる視線と、そのときに生まれた感情。4人の少女たちのまなざしは、からだが覚えているものに触れ、痛みの記憶を通して彼らとつながっていく。見られたら、見返す。逆立ちすれば、空と地は入れ替わる。祈るような気持ちで願った。重力と時間という囚われの場所で、落下の意味が反転することを。
小川知子(ライター)
赤い服、にごった川、写真の中の同じ名前の女の子、ハエの羽音。違う時代の4人の主人公の周辺に連なる共通した記憶。スクリーンの中に常に感じる、歴史資料に残らなかった声を持たない女性たちの“不在”の存在をとらえる視線。それと同じだけ、鋭くこちらを睨むまなざし。この傷をないことにするなと言わんばかりに。これは美しくて血生臭い、今日にも続く私たちの足跡。他人事とは思えず、すぐに席を立てなかった。
奥浜レイラ(映画・音楽パーソナリティ)
いくつかの時代を超えて共鳴しあう女性の記憶と感情が、たえず死臭の漂う幽玄の世界のなかで立ちのぼる。
抑圧された耽美な欲望は臍に溜まった水の味のように甘酸っぱく、少女たちの無垢は獰猛なコンバインに暴力的に刈り取られてゆく。
落下音とは、女性たちが重力に抗えぬまま打ちつけられた音、これまでほとんど聞かれてこなかった悲痛の叫びのことだったかもしれない。このあまりに美しい映画を、生涯できっと何度も見返すだろう。
児玉美月(映画批評家)
世代を超えて女から女へと受け渡されてゆく歴史や想いは決して消えないということは心底恐ろしくもあり悲願でもある。
小林エリカ(作家、アーティスト)
海外の蚤の市で買った、知らない家族のアルバムを眺めているような作品だった。そこに他漂う記憶の香りが、ページを捲るわたしの指先に移ってしまわないか、少し不安になる。
昔の人は、写真を撮られると、魂が抜き取られると信じていたらしい。「カシャッ」っとシャッターを切られたとき、カメラの中の反射鏡には、世界が反対向に映し出されている。
そこに閉じ込められた一瞬の美しさと、蓄積した痛みが、光となって、わたしの瞳を何度も刺激してくる。
Yusho Kobayashi (ファッションデザイナー)
耳奥の毛がざわめいていた。ほどけない音響。風のような高い倍音が時間を走り、地鳴りのような低いドローンが空間を沈ませ、ヴァイナルのような擦過音がかろうじて記録する。不安は心理でなく振動だ。落下もまた、落ちた瞬間の音でなく、その痕跡だけが聞こえる状態をつくっている。それらは説明されるよりも前に、聴毛を揺らす周波として届けられる。あの農場は感情の周波数を増幅し、観客のからだをも共振板に変えてしまうらしい。損傷をおそれずに。
五所純子(作家・文筆家)
観光客など誰も来ないドイツの穀倉地帯。それ自体が迷宮のようなひとつの農場で、数世代の人々が不思議な物語を織りなす。ドイツではザンダース=ブラームスのように〈歴史に翻弄される女たち〉の年代記を骨太に描く女性監督が多かったが、監督シリンスキーはまったく異なる繊細な手法で〈女たちの歴史〉を表現した。死や性といったテーマ、水のイメージ、官能的な撮影と音響など、観る者の感性を揺さぶる作品。
瀬川裕司(ドイツ文学者)
スクリーンの前から走って逃げ出したい気持ちに何度か襲われた。かつて生きていた世界が、歳を重ねたせいにして忘れようとしていたのに、目の前に現れたから。あの頃の、言葉にならない不安や許されない欲望、なにより、つまらない自分を終わりにしてしまいたいという恐ろしい気持ちの存在を、こんなにぴったり言い当てた映画に出会ったのは初めてかもしれない。
長島有里枝(アーティスト、写真家、文筆家)
文化遺産や特別なモニュメントには決してならない田園地帯の邸宅で、歴史に名を刻むことのない女たちがたしかに生きていた。
かつてここにいた、今はもういなくなってしまった誰かと、いつかここからいなくなる私が通じ合う。
普遍的であるのと同時に2020年代に作られるべくして作られた映画だと思います。
野中モモ(翻訳者・ライター)
静かな部屋の中で、少しずつ酸素が薄くなっていくような感覚。
沈黙が重なり、観ているこちらまで閉じ込められていく。
死に取り憑かれた少女たちの視線と、どこか歪んだ音楽が忘れられない。
不穏で美しい映画体験でした。
羽永(フォトグラファー・クリエイター)
生きているからこそ、死を想う。
時代と親たちに強制された道から、集合写真から、そして国境から、自ら”落ちて”いく女性たち。
理解されないことを知っているその口は閉じられ、その抗いは歴史に残らない。
でも否応なく存在してきたことを、彼女たちの喜びと悲しみを、互いの視線が、記憶が、証明している。
胸に焼きつく大傑作。
松田青子(作家)
時を超えてなお、社会は女性たちを有形、無形の支配で縛り、トラウマを植えつけようとする。この映画を観ながら終始心がざわつくのは、その暴力が決して「過去」になっていないからだ。
安田菜津紀(メディアNPO Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)
歴史の大きなうねりに隠された、暗騒音のような女性たちの物語。
見えないピアノ線に触れたかのようにそれを察知する少女たち。
その一瞬の緊迫感に、打ちのめされてしまった。
山崎まどか(コラムニスト)
人間の不条理と不可解を体現してみせる俳優たちに導かれながら
登場人物の皮膚の奥を覗き込んでいるようで眩暈がした。
恐怖の「予感」は時空を越え“共有”されてきたという確信と同時に
映画の底から湧き上がる磁力に揺さぶられる混乱の中、
私の記憶のパズルが埋まる音が聞こえ我に返った。
フィクションを極めた先に立ち昇る“実存”たちとの交信が今も続いている。
ヤンヨンヒ(映画監督)
私たちが抱く観念、概念への問いは、けして人を不安にさせるものではなく、美しいものであるといわれている気がした
和田彩花 (詩と言葉のアーティスト)
まとめ(注目ポイント)
- 映画『落下音』4月3日(金)公開カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した新鋭マーシャ・シリンスキ監督による、美しくも不穏な映像叙事詩。
- 松田青子、内田春菊ら17名の絶賛コメント到着各界の第一線で活躍する著名人たちが、4つの時代を生きる女性たちの物語に圧倒的な熱量と称賛を寄稿。
- 少女の“心の揺れ”を捉えた本編映像解禁当たり前に受け入れてきた日常を疑い、感情の境界線に立つ少女アンゲリカの姿を映し出した映像を公開。
落下音
2026年4月3日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
STORY
1910年代、アルマは同じ村で、自分と同じ名を持つ幼くして死んだ少女の気配に気づく。1940年代、戦争の傷跡が残る中、エリカは片脚を失った叔父への抑えきれない欲望に気づき、自らの得体のしれない影に戸惑う。1980年代、アンゲリカは常に肌にまとわりつく“何か”の視線に怯えていた。そして現代、家族と共に移り住んだレンカは、自分の存在が消えてしまいそうな孤独感に徐々に侵食されていく。百年の時を経て響き合う彼女たちの「不安」が、この北ドイツの農場を静かに覆いつくしていく――。
監督・脚本:マーシャ・シリンスキ
出演:ハンナ・ヘクト、レア・ドリンダ、レーナ・ウルツェンドフスキー、レーニ・ガイゼラー
配給:NOROSHI ギャガ|英題:SOUND OF FALLING |2025年|ドイツ|カラー|ビスタ|5.1ch|155分|字幕翻訳:吉川美奈子|PG-12
© Fabian Gamper - Studio Zentral




