「ツイン・ピークス」シリーズなどで“カルトの帝王”などと呼ばれ親しまれたデヴィッド・リンチ監督が1月15日(16日説あり)に、山火事のために一時避難していたロサンゼルスの娘の家で亡くなったことが公式SNSで発表された。享年78。死因は明かされていないが、リンチはかねてから喫煙による肺気腫のため最近は酸素呼吸器がないと外出できないほどになっていた。

1946年モンタナ州生まれ。画家を目指していたが、オーストリアから帰国後、ペンシルベニア芸術アカデミーに入学、67年ごろから短編映画を製作。4年をかけて製作した初長編『イレイザーヘッド』(77)で監督デビューした。これがカルト的人気作となり、80年に『エレファント・マン』を監督してこれが大ヒット。アカデミー賞にもノミネートされたことから一躍有名監督になった。
続いてSF大作『デューン/砂の惑星』(84)を監督するが、これは興行的にも批評的にも失敗に終わった。それからは自身がファイナルカットの権利を持つように厳守したため、大手スタジオとのコラボはなくなっている。
『ブルーベルベット』(86)ではアカデミー賞監督賞候補となり、『ワイルド・アット・ハート』(90)ではカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した。この時期、同時にTVシリーズ「ツイン・ピークス」が放映スタート。大ブームを呼ぶ。映画版も作られ、『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』(92)として公開された。さらに『ロスト・ハイウェイ』(97)『ストレイト・ストーリー』(99)も好評を得た。2001年の『マルホランド・ドライブ』ではカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。『インランド・エンパイア』(06)では全米批評家協会賞実験的映画賞を受賞した。
他にも短編映画や、テレビ作品、ドキュメンタリー、コンサートビデオ、ミュージックビデオなども手掛け、たびたび展覧会なども行って、日本でも何度か開催された。彼の訃報について『砂の惑星』『ブルーベルベット』『ツイン・ピークス』などで組んだ俳優カイル・マクラクランは「彼のことが恋しい」と追悼の言葉を発表している。
その死は家族がフェイスブックの投稿で発表し、「彼がいなくなった今、世界に大きな穴が開いている。 でも彼が言うように、"穴ではなくドーナツに目を向けて"」と綴っている。




