伝説の音楽スタジオ、ロックフィールドの歴史を辿るドキュメンタリー映画『ロックフィールド 伝説の音楽スタジオ』が、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開中。このたび、本作を鑑賞したLOVE PSYCHEDELICO NAOKIが映画の魅力と“機材愛”を語った。
現在公開中の音楽ドキュメンタリー映画『ロックフィールド 伝説の音楽スタジオ』は1970年代から2000年代にかけてブリティッシュ・ロックの名曲を次々と生みだした伝説の音楽スタジオ、ロックフィールドの歴史を辿るドキュメンタリー映画。ウェールズの片田舎にある農場を世界初の宿泊可能な滞在型音楽スタジオに改修したキングズリー&チャールズ兄弟の軌跡を振り返ると共に、豪華ミュージシャンが続々と登場し、自らの言葉で知られざる名曲誕生の秘話を明かしていく。
そんな本作を鑑賞した一人が、トップアーティストでありながら一流のレコーディングエンジニアでもあり、音楽業界では“機材マニア”としても知られるLOVE PSYCHEDELICO NAOKI。今回プライベートスタジオ「Golden Grapefruit Recording Studio」にて取材に応じた。
まず、本作を観た感想について「ものを創る側からの視点の楽しみもあり、ロックファンの立場としてもレジェンドたちの当時のエピソードを本人たちから聞く事ができる。この手の作品は、大抵どちらかの視点の場合が多いのだけれども、本作は両方の目線から楽しめるので非常に面白いです。単にそこで創られた作品を振り返るのではなく、ロックフィールドで過ごした時間として描かれているのがとてもいいですよね。美談ではなく、トップミュージシャンたちが等身大で当時を振り返る姿が見られるので“ロックフィールドありがとう”という感じですね」とコメント。
また、「作品のインタビュー中にプロデューサーのジョン・レッキー(ザ・ストーン・ローゼスの1stアルバムなどをプロデュース)を始め登場人物がロックフィールド・スタジオのことを、度々“あの広いスペース(空間)”あのプレイス(場所)と表現するんですが、特にこの“スペース(空間)”という言葉にはミュージシャンやエンジニアたちにとって2種類の意味があるんです。1つは、スタジオ・部屋の音響としての意味。壁の素材、マイクと楽器の距離などを含めたその建物自体の個性の事で、そこでしか録れない音というものがあります。もう1つは、外の空気であったり、大自然であったり、近隣の事を考えなくて良いというような複合的なアトモスフェア、レコーディング環境や雰囲気という意味。本編で空間、場所という言葉が登場するたびに、この2つの意味で言っているように感じて印象に残っていますね」と、ミュージシャンならではの視点で感じた部分を解説。
「何人かのミュージシャンが“経験に深みを与えてくれる”という言葉も言っていたのですが、今はどうしてもメールでデータを送り合うような時代になってしまいましたが、レコーディングというのは“時を封じ込める作業”だと僕は思っているんです。その場で過ごした経験——喜びや悲しみなどの気持ちをマイクに封じ込める事が、ロックフィールドではできたという実感が彼らにあったからこそ、あの発言に繋がったのではないかと思うと、行ってみたいという気持ちにもなりますね」
「デジタル録音がまだない1960年代、レコーディング・スタジオを自前で作るというのは現代の皆さんが想像するよりも経済的にも技術的にも非常にハードルが高い事で、イギリスなら、ビートルズで有名なあのアビー・ロード・スタジオなどの大きな商業スタジオしか無かったような時代です。マイクで拾った音を、適正な音量で大きなコンソールを通して、これまた大きなアナログレコーダーに録音しなければならず、とにかくレコードを出すには場所もお金もかかる時代でした。ロックフィールド・スタジオは、農家だった兄弟2人が実際にスタジオを作り上げたのもさることながら、始めた当初からすでに結構いい機材が揃っていた事にまずびっくりしましたね(笑)」
「ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズがデビューした60年代初頭頃は4トラックのコンソールのものしか無く、程なくして60年代後半に差し掛かる頃8トラックが大手のスタジオに登場するんですが、1968年に誕生したコーチハウス・スタジオに早速その頃、最新鋭だった8トラックが導入されるというのも驚きなんです。"一応何でも録れます"という姿勢ではなく、本気でロンドンの大手商業スタジオにも劣らないスタジオを、随分早い時期から二人が目指していたのがよく分かるエピソードです。他にもいろいろ見所はあって、マイクも、劇中にノイマンU67というドイツの60年代初頭に登場したものが映っていて、これは当時レコーディング業界では大定番となった現代でも愛され続けている非常に高価なマイクなんですが、こういう信頼性の高いマイクがオープン間もない頃から普通に転がっている(笑)。あとはアビーロード・スタジオに置いてあるようなコンプレッサーだったり、信頼性の高い定番のレコーダー、そういうものが何台も当時のスタジオ風景に映っていたりします」
「当時、今も勿論そうですが、レコーディングをするとなったら、プロデューサーやエンジニアはまずスタジオにどんな機材があるか確認するんです。コンソールは○○製、△△のマイクが何本あって、□□のマイクが何本ある、これなら○○○な録り方が出来る、といった具合です。そこで、信憑性の高い機材がばっちりあると分かれば、多少の立地条件の問題があってもジョン・レッキーのように興味を示すプロデューサーはいたでしょうね。そうやって訪れた若いミュージシャンたち、それこそブラック・サバスなどのアーティストが訪れては結果を残し、ロックフィールドの評判があっという間に広まっていったのではないかと。見た目に騙されてはいけないスタジオですよね」とレコーディング機材についての見解も。
ロックフィールド・スタジオの環境の凄さについては「70年代に入ると、ロックフィールドにも豚小屋を改造した残響ルームというものが誕生します。この頃は、音を響かせようと思ったら、1950年代直前頃に発案された“エコーチェンバー”というシステムを用いていました。音が響く部屋にマイクとスピーカーを置いて、響かせたい音をケーブルでその部屋まで送ってスピーカーで音を鳴らし、響いた音をマイクで集音していたんです。丁度お風呂場にマイクを立てて自然なエコーを録音するようなイメージです。当時は、そのエコー・チェンバー・ルームというのを備えていないとリヴァーブやエコーのサウンドが生み出せないわけですから、一流のレコーディング・スタジオには必要不可欠な設備でした。今のカラオケに比べたら随分大掛かりですね。それを片田舎のロックフィールドでは1970年代半ばに3つも作ってしまったんですね。この頃になるとアビーロード・スタジオと比べても引けを取らないぐらいになってきているなと思います。ピンク・フロイドなどのビッグネームたちがアビーロードで名盤を毎年のように出している頃に、ロックフィールドではクイーンが牛に囲まれながら“ボヘミアン・ラプソディ”が作れるような環境ができたというのは本当に凄い事!」とも語る。
機材以外にも魅力はあるといい、「シンプル・マインズがアビーロードは敷居が高く感じると発言しているところにも共感しました。現代でもこれは同じですね(笑)。大手の商業スタジオってちょっと病院みたいな感じがあって、手ぶらで行くと楽器ひとつないので、自分たちで色々と持ち込んで遊び場にしていかないとならないんです。ロックフィールドは音楽と日常がとても近い。宿泊施設なので手をのばせば楽器もすぐそばに常にある。それが、今でもミュージシャンたちから愛され続けている理由なんだと思います」
「登場したミュージシャンについては意外だなと思ったのは、イギー・ポップ。自然と戯れて音楽を作って、ロンドンに行って裸になって歌うって不思議だなと思いました(笑)結局、音楽に向き合う瞬間は、音楽家は皆、純粋で真摯な精神状態なんだなぁと、一気に親近感がわきましたね。ブラック・サバスの「パラノイド」って僕の音楽人生においても大切な曲で、皆さんご存知の超名曲なんですが、語弊を恐れずに言うならばあの元祖ヘヴィー・メタル・サウンドというものを生み出したのはロックフィールドだったかもしれない、って思いました。人間て、場所によって気持ちも変わるじゃないですか。これがロンドンの商業スタジオだったら、通常のレコーディングマナーに従い、エンジニアの言う事を聞いて音量を下げなければならなかったかもしれないけれど、ロックフィールドの開放的な空間があったからこそ、出した事もないような大音量があの曲の爆発的なムードが生まれたのかもしれないですよね」
「あと、オアシスのリアム・ギャラガーのインタビューは印象的でした。あんなに過去の思い出を、まるで家族の喧嘩話のようにざっくばらんに振り返っているのは必見だなと思います。ノエルと過ごしたバンドでの時間と絆に今でも彼が誇りを持っていること、相棒へのリスペクトを今も忘れていないと感じられる発言の数々が、ファンとしては本当に嬉しくなるインタビューでした。カッコいい人ですね」など次々と名が挙がった。
他にも60年代のレコーディング事情についての解説は興味深く、この作品の時代の少し前、60年代初頭はまだレコーディングエンジニアとミュージシャンの間には立場的な距離が現代よりもあり、アビーロード・スタジオではマイクによって、録音時の楽器との距離などが形式的に細かく決められており、レコーディングエンジニアも「技師」的な立場で録音に関わっていた時代があったこと、ゆえに昔はアビーロードのエンジニア陣は研究者のように白衣を着ていたというエピソードも、そのあとのロックフィールドの時代に向け音楽業界が急激に変化していく過程を理解するのには大変興味深い話題だった。
NAOKI、そしてバンドメンバーのKUMIの二人は劇中に登場するものをはじめとした非常に貴重なヴィンテージ機材を彼らのプライベートスタジオ「Golden Grapefruit Recording Studio」に多数所有しており、普段からレコーディングでも何度も使用しているとの事で、そのうちのいくつかを披露してもらう事に。
ロックフィールド・スタジオにあったものと同じモデルから、実際にジョン・レノンが使用したマイクまでお宝が次々と登場。音楽仲間の間でも、そのマニアぶりは知られているため「あの機材を見せて欲しい!」という連絡が来る事もしばしばだという。
「ロックフィールドに共感するのは、いい機材を揃えるという事よりも、スタジオ自体が楽器になっているというような、そこに居たいと思わせるような場所だという、インディペンデントの魅力がある部分ですね」
これだけの環境が整ったのは、LOVE PSYCHEDELICOの作品づくりをする過程で、新たな事に挑戦する度に機材が増えていったからだという。マイクを音が響く廊下のような場所に立てて離れた場所で演奏したり、仕切りをして音の響かせ方を変えたりといった、劇中にも登場した手法は普段から使っているといい、ロックフィールド・スタジオがいかに創設当初から基礎的かつ普遍的なレコーディングが可能だったかという事を物語っていた。
現在もなおレコーディングに使用され、世界中から愛される魅力と魔法に満ちたロックフィールド・スタジオの歴史と滞在したミュージシャンたちを描いた『ロックフィールド 伝説の音楽スタジオ』を観れば、音楽づくりにとっての環境の大切さが分かり、新たな視点が得られるだろう。映画『ロックフィールド 伝説の音楽スタジオ』は、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開中。
ロックフィールド 伝説の音楽スタジオ
2022年1月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督:ハンナ・ベリーマン 撮影:パトリック・スミス 編集:ルパート・ハウスマン 音楽:アレクサンダー・パーソンズ
出演:キングズリー・ウォード、チャールズ・ウォード、オジー・オズボーン、ロバート・プラント、リアム・ギャラガー、クリス・マーティン、ティム・バージェス、ジム・カー
2020年/イギリス/ドキュメンタリー/96分/シネスコ/2.0ch/原題:Rockfield:The Studio on the Farm /日本語字幕:大塚美左恵
配給:アンプラグド
© 2020 Ie Ie Rockfield Productions Ltd.
公式サイト rockfield-movie.com
この記事が気に入ったらフォローしよう
最新情報をお届けします
Twitterでフォローしよう
Follow WEEKEND CINEMA