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アメリカ映画界で1950年代から膨大な低予算映画を作り続け、その中でハリウッドの名監督や名優たちを育成してきたロジャー・コーマンが5月9日、サンタモニカの自宅で家族に見守られながら死去したと、遺族が明かした。享年98。

Angela George, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
『私は映画監督だった、ただそれだけだ』

高校生の頃、映画にのめり込み20世紀フォックス社のメッセンジャー・ボーイとして働きだす。54年に自ら書いた脚本を一本の作品にして、製作会社を設立。メジャー会社が扱うことのない低予算映画を大量に生み出し、ドライブイン・シアターを中心に公開。その作品の中には将来の大物も数多く含まれていた。

監督ではフランシス・フォード・コッポラをはじめ、マーティン・スコセッシ、ピーター・ボグダノヴィッチ、ジョナサン・デミ、ロン・ハワード、デニス・ホッパー、ジェームズ・キャメロンなど。俳優ではジャック・ニコルソン、ロバート・デ・ニーロらが無名時代にコーマンの製作会社AIPなどで働いている。

自ら監督した作品では『金星人地球を征服』(56)『原子怪獣と裸女』(56)『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(60)『アッシャー家の惨劇』(60)『恐怖の振子』(61)『赤死病の仮面』(64)『ワイルド・エンジェル』(66)『白昼の幻想』(67)『血まみれギャングママ』(70)『レッド・バロン』(71)などホラーからアクションまで約50作を担当。製作を担当した作品は300以上という。

自伝「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか」を発表、ドキュメンタリーでも彼の功績を描く『コーマン帝国』(11)が作られている。アカデミー賞では2009年に名誉賞を受賞している。

遺族は「どのように記憶されたいかと聞かれたとき、彼は『私は映画監督だった、ただそれだけだ』と答えた」と声明で述べた。

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