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“世紀の美男子”などといわれ、『太陽がいっぱい』(60)などのフランス名画で知られる大スター、アラン・ドロンがフランスの自宅で亡くなったことがAPなどで報じられた。享年88。

premier.gov.ru, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, via Wikimedia Commons
「ドゥシーの自宅で安らかに息を引き取りました」

アラン・ドロンは1935年11月8日パリ郊外で誕生。寄宿学校を転々とし、フランス海軍に入隊。インドシナ戦争に従軍し、除隊後、カンヌを歩いていた時スカウトされた。57年『女が事件にからむ時』で映画デビュー。『黙って抱いて』(57)『お嬢さん、お手やわらかに!』(59)などに出演した後、『太陽がいっぱい』でブレイク。特に日本では熱狂的ファンを生んだ。

Luchino Visconti, Giuseppe Rotunno., Public domain, via Wikimedia Commons

その後も『若者のすべて』(60)『太陽はひとりぼっち』(62)『山猫』(63)『地下室のメロディー』(63)『パリは燃えているか』(66)など話題作、ヒット作に立て続けに出演。『テキサス』(66)などハリウッド進出した時期もあった。だがその後も『冒険者たち』(67)『サムライ』(67)『さらば友よ』(68)『シシリアン』(69)などフランスでの主演作が成功。70年代も人気は続き、『ボルサリーノ』(70)『レッド・サン』(71)『リスボン特急』(72)『暗黒街のふたり』(73)『アラン・ドロンのゾロ』(75)などで不動の人気をものにした。

85年には『真夜中のミラージュ』でセザール賞主演男優賞を受賞。95年にはベルリン国際映画祭で名誉金熊賞を、19年にはカンヌ国際映画祭で名誉パルム・ドールを受けている。一方でスキャンダルも多く、68年にはドロンの元ボディガードが射殺体で発見され、容疑者になりかけたことがあった。日本には63年以来何度も来日し、ファンとは晩年まで交流を図っていた。

19年に脳卒中を発症し、退院後はフランスの自宅で過ごしていたという。遺族は「彼は3人の子供と家族に囲まれ、ドゥシーの自宅で安らかに息を引き取りました」と声明を発表。カンヌ国際映画祭などがこぞって追悼文をSNSなどに投稿している。

Source:AP News

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