6年の歳月をかけて制作されたドキュメンタリー映画『蒸発』が3月14日(土)より東京・ユーロスペースほか全国順次公開。本作では、出演者のプライバシーを守るため、一部にAIディープフェイク技術を使用。公開に先駆けて、そのサンプル映像と監督たちによるコメントが解禁された。また、有識者9名による推薦コメントも到着した。
日本では毎年、約8万人が失踪する。その多くは帰宅するが、数千人は完全に姿を消してしまう。彼らは「蒸発者」と呼ばれる。人間関係のトラブル、借金苦、ヤクザからの脅迫など、理由はさまざま。いわゆる「夜逃げ屋」の支援を受ける者もいる。すべてのしがらみを捨て、どこか別の場所で、新しい生活を始める。深い喪失や挫折と、人生をゼロからやり直す希望が交差する。

映画『蒸発』は、知られざる「夜逃げ屋」の仕事や、失踪者と残された人々の心の葛藤と和解の道のりを、没入感のある映像で描くドキュメンタリー。コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭で連日超満員を記録し、ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭では最優秀作品賞を受賞。40以上もの国際映画祭で注目を集め、ドイツ国内の50館以上のアートハウスで上映され、「JOHATSU」という言葉を世界に知らしめた。その映画が、ついに撮影地の日本で劇場公開される。

日本での劇場公開に際し、本作では出演者たちのプライバシーを保護するため、AI技術を用いて一部の顔や声を加工する「AIディープフェイク」を採用している。ドキュメンタリー映画にこの技術を用いる例はまだ少なく、その試みも注目を集めている。
一方で、公開に先立って行われたマスコミ試写会では、「何がディープフェイクなのかわからなかった」「一瞬、ボカシが外れたのかと思った」といった声も聞かれた。そこで、今回、本作で使用されているAIディープフェイクのサンプル映像が先行公開された。

サンプル映像では、出演者のプライバシーを守りながら証言を記録するために用いられた技術の一端として、一般的な「ボカシ」加工から、AI技術を用いたディープフェイクへと移行する様子を確認することができる。

AIディープフェイクを採用した理由やその技術工程について、アンドレアス・ハートマン監督と森あらた監督によるQ&Aおよびコメントは以下のとおり。
◆ドキュメンタリー映画『蒸発』におけるAIディープフェイクの使用目的とは?
出演者のプライバシーを保護し、同時に、彼ら彼女らの微細な表情や感情の変化を記録し伝えるため。
◆具体的な技術工程について
まず、生成AIに、現実には存在しない架空の人物の顔写真を生成させた。さらにAIディープフェイク技術で、その新しい顔を映像内の取材対象者の顔と融合させ、元の顔の表情の動きを分析し、その動きを完全に新しい顔に模倣させることで、新たな人物像として再構成した。
◆ディープフェイクを導入したことによる成果は?
ドキュメンタリー映画として没入感・臨場感を損なうことなく、登場人物たちの葛藤や内面の機微を表現することができた。
制作が開始された当時、本作は日本国外での公開を想定していた。しかし、リサーチ1年、撮影4年、編集1年という、6年にわたる制作期間中にAI技術が目覚ましい発展を遂げた。そのことによって、撮影地である日本での劇場公開が可能となった。
■アンドレアス・ハートマン&森あらた監督のコメント
本作の日本公開にあたり、出演者の安全を守る最善の方法としてAIディープフェイクを使用したのは、匿名化しつつも表情は再現できるため、海外版が持つ没入感を保てると考えたからです。
ただしAIの使用は最小限に、重要な心理描写のみに用い、それ以外はぼかし処理をしました。映画はぼかしから始まり、霧が晴れるように蒸発者たちの〈顔〉が徐々に現れます。あえてAIを始めから使わないことで、観客が感情に視覚的に触れる瞬間を大切にしています。また、過度な写実さは避け、わずかに人工的な顔にすることで、観客が一目でAIとわかるようにもしました。ドキュメンタリーにおいてAIの使用はまだ希少ですが、この新技術を必要最低限、不可欠な目的で使うことで、本作がその良い先行例となることを期待しています。
著名人コメント ※順不同・敬称略
なんとか見つかってほしいと思う。
なんとか見つからないでほしいと思う。
こう並べると、ものすごく矛盾する2行だが、
観終わった自分の心の中で併存している。
――武田砂鉄(ライター)
「蒸発」とそれをとりまく人々の姿をとおし、この日本において社会とは家族とは何かという大きな問いをもたらす、ざわつく作品。
――小林エリカ(作家・アーティスト)
蒸発って“逃げ場”なんだなあ。
みんな消えたいんじゃなくて、生きたいんだ。
――想田和弘(映画作家)
本作には、世界各国の人々が、日本の「蒸発」に惹かれる要素が詰まっている。失踪を「蒸発」というどこか他人事のような比喩で表現しつつ、その言葉を使いつくして忘れてしまうほどには失踪を違和感なく受け止めてしまう感性。そこに虚無を感じるか、自由への余白的なものを見出すかは、本作を観るあなたに委ねられている。
――中森弘樹(社会学者/『失踪の社会学 親密性と責任をめぐる試論』著者)
その場から消えなくてはならない人生から、生きる意味を見出すためには、出会いが必要だと思う。他者とも、自分自身とも。それがどんなに不確実であっても。空が、朝に出会っていちにちを運んでくるように。
――上田假奈代(詩人)
新たな活路を模索する登場人物たちの姿には苦境・もどかしさ・葛藤がにじみ、見る者を魅了する。生きるという意味を深く考えさせられ、逃げるという行為が一つの手段であることを認識させられた作品である。
――羽鳥翔(元夜逃げ屋 CEO・作家)
国外制作の作品ながら、その視点は日本を外側から消費するものではなく、複数の立場の当事者の内側に向けられている。そこで浮き彫りになるのは、追い込まれた人間に対する安全網の欠如と、過去の痕跡を消して生き直す行為に伴う大きな代償。どこか他人事として見ていた「蒸発」という現象は、我々のすぐ隣に存在するものだとこの映画で知ることになる。
――ISO(ライター)
登場人物の一人、「夜逃げ屋」をやっている女性の蒸発者に向けるまなざしに、私は本当の意味での他者へのやさしさを感じました。ただ、私は彼女のことを、表情はあるがどこかぎこちない作り物の顔を通してしか知りません。本作では身元を保護するために、顔がAIで加工されています。私たちにとって顔とは一体何なのかを考えさせられる、かなり特異な顔の経験でした。
――金川晋吾(写真家)
匿名性を維持しつつ、人間的な生々しさを伝達する。この「善きディープフェイク」の使い方は、顔を出せない人たちの「顔」、声を発することのできない人たちの「声」を可視化し、共感可能性を高めることで、社会の認識を大きく変えていくことになるはずだ。
――藤田直哉(批評家、日本映画大学准教授)
まとめ(注目ポイント)
- 映画『蒸発』3月14日(土)より全国順次公開毎年約8万人が失踪する日本の社会問題に迫る作品。3月14日よりユーロスペースほかにて全国順次公開。
- プライバシーを守るAIディープフェイクのサンプル映像プライバシー保護と表情の再現を両立するためAIディープフェイクを採用。ボカシから移行する過程を収録。
- 架空の顔を生成し対象者と融合させる独自の技術工程架空の顔と対象者を融合し元の表情を模倣。一目でAIとわかるよう、わずかに人工的な顔へと調整している。
- 武田砂鉄や想田和弘ら有識者9名による推薦コメント武田砂鉄や想田和弘ら有識者9名の推薦コメントが到着。日本の「蒸発」現象に対し多角的な視点を提供する。
蒸発
2026年3月14日(土)よりユーロスペース ほか全国順次公開
監督:アンドレアス・ハートマン & 森あらた
撮影:アンドレアス・ハートマン 編集:カイ・アイアーマン(BFS) 音楽:ヤナ・イルマート & 竹原美歌 音響:ニルス・フォーゲル リヌス・ニックル
制作:Ossa Film 共同制作:Mori Film バイエルン放送(BR) プロデューサー:アンドレアス・ハートマン 共同プロデューサー:森あらた
助成:ドイツ連邦政府文化メディア庁(BKM) Film- und Medienstiftung NRW
ドイツ・日本/2024年/カラー/DCP/86分
配給:アギィ
©2024 OSSA FILM, BR, MORI FILM



