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ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作で日本でも人気の高い『ベニスに死す』(71)で、主人公の老医師の心を奪う美少年タジオを演じ、一世を風靡したビョルン・アンドレセンが10月25日、ストックホルムで死去した。享年70。

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彼の死は21年に製作されたドキュメンタリー『世界で一番美しい少年』の共同監督を務めたクリスティーナ・リンドストロムとクリスティアン・ペトリがスウェーデンの日刊紙に明かしたもの。死因は明かされていない。

1955年1月にストックホルムで生まれた。そのとき、父親は行方不明ですでに死去していたともいわれる。母親も10年後に自殺し、祖母の元で育った。祖母の影響で子役として活動を始め、ストックホルムで撮影された『純愛物語』(70、リバイバル時に『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』と改題)に端役で出演。

その後、タジオ役を探していたルキノ・ヴィスコンティ監督の目に留まり、カメラテストを経て合格。『ベニスに死す』が公開されると、瞬く間にセンセーションを呼んだ。

映画が大ヒットすると日本で芸能活動を行うように。71年から72年にかけてCM出演や歌手活動を行った。そのころ後ろ盾だったヴィスコンティとは疎遠になり、パリで映画に出る話もあったが頓挫。77年にスウェーデン映画『Bluff Stop』に主演している。80年代には劇団を経営していたという。

83年に結婚し、長男は亡くなったが、娘がいるという。母国を中心に俳優を続けていたが、19年にアリ・アスター監督のヒット作『ミッドサマー』に出演し、話題になった。

ドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』によると10代から大人たちに性的搾取を受けていたと告白。バンド活動や俳優業もこなしていたが、人間不信に陥り、長いあいだ苦しんでいたという。

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