2025年、カンヌ国際映画祭・批評家週間にタイ映画として初選出され、グランプリを受賞した『ユースフル・ゴースト』(全国公開中)の初日舞台挨拶が7月10日(金)に行われ、来日したラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督が登壇。作品の着想や幽霊表現、そして映画に込めたテーマについて語った。

日本公開初日を迎えた心境を聞かれた監督は、「自分自身、日本映画がすごく好きで、観ている作品も多いので、今回こういう機会があってとてもうれしいです。日本の観客の皆さんがこの作品を温かく迎え入れてくれることを祈っています」と挨拶した。

本作の大きな特徴である、幽霊が掃除機に憑依するという設定について質問されると、監督は「洗濯機より撮影が簡単だったからです(笑)」と会場を笑わせながら、その発想の原点を明かす。
「最初は掃除機に幽霊を憑依させるというアイデアはなかったんです。資金集めのためにピッチングをしていた時に、『君の作品の幽霊はどんな見た目なんだ』と聞かれました。最初は俳優にそのまま演じてもらって、青白い顔や灰色っぽい顔にメイクしようと思っていたんですが、『全然面白くないし、オリジナリティがない』と言われたんです」
その後、映画史における幽霊表現を調べる中で、日用品や電化製品に宿る幽霊という発想にたどり着いたという。
「例えば80年代のアメリカ映画、『ポルターガイスト』のような作品を見ると、幽霊は単純に青白い顔をしているわけではなくて、日用品や電化製品に入り込んでいました。人間は幽霊の姿を見ることはできないけれど、窓が勝手に開いたり、テレビがついたり、水道の蛇口が開いたりする。そういう、人間になりそうで人間ではないものに興味を持つようになったんです」
さらに「声は聞こえるけれど姿は見えないとか、姿は見えるけれど触れられないとか、ほとんど人間のようだけれど人間ではない、”人間として十分ではない存在”として描かれる。そういった幽霊表現にも関心があった」と振り返り、「電化製品や日用品に幽霊を宿らせるアイデアにどんどん興味を持っていき、その中で突き詰めていった結果が掃除機だった」と、その着想が生まれた経緯を語った。
また、主演のダビカ・ホーンの衣装や髪色について質問されると、自身が考える「幽霊」のイメージを交えながらデザインの意図を説明した。
「幽霊というのは、本来いるべき場所ではないところから現れる存在だと思っています。死んだ人が戻ってくるわけですから、いるべき場所から外れてしまった存在なんです。その意味で、多くの映画作品でも幽霊の髪の色はあまり自然ではない形で表現されていると思います」
続けて「ダビカさんの衣装や髪色も、不自然さや偽物っぽさを出すためにああいうデザインにしています」と明かし、「自分は80年代のオフィスルックにすごく興味があって、肩のフォルムが過剰に強調されるなど、全体のバランスがおかしいものが多い。そうしたデザインと、幽霊がオフィスルックで働きに来ているという要素を重ね合わせて、あの印象や色合いにしました」と語った。
これまでのタイ映画における幽霊表現との違いについて問われると、「この作品は、これまでのタイ映画とは幽霊の扱い方が違うと思っています」とコメント。特に病院で掃除機が登場する場面について、「脚本は何度も改稿したんですが、病院のシーンだけは最初から最後まで残っていた」と明かし、「あのシーンのポイントは、周囲の人たちが幽霊をあまり特別視しないことなんです」と説明する。
さらに「タイ映画では幽霊は基本的に怖いものとして描かれてきました。怖い存在だから人間に悪さをする。でも、もし幽霊が怖くなかったら何をするんだろうと考えたんです。幽霊が幽霊としての機能を果たさなかったらどうなるのか。その発想から、あの作品における幽霊の扱い方が生まれました」と、本作独自の幽霊像について語った。
本作の背景にあるマイノリティの問題についても話が及ぶと、監督はタイ社会における「ユースフル(役に立つ)」という価値観について語った。
「タイ社会におけるマイノリティの人たちは、いるようでいないような存在として扱われていると思っています。社会の中にどうにかフィットしようとするんですが、そのためには交換条件が必要になる。つまり社会にとって役に立つこと(ユースフル)をもたらすことが求められて、その条件を満たした人だけが社会の中に入ることができる。そういう存在として扱われていると感じています」
そうした考えはキャスティングにも反映されているという。
「この作品ではエキストラのキャスティングの段階から、さまざまなマイノリティの人たちに出演してもらいました。小人症の方、車椅子を利用している方、ムスリムの女性などです。その人たちが権力のメカニズムの中でどういうふうに機能しているのかを、この作品の中で示したいと思っていました」
さらに、自身のルーツについても触れた。
「私は中華系の家系です。祖父は1949年頃にタイへやって来た人でした。当時は国民としての身分証も与えられておらず、警察に毎日のようにお金を取られていたそうです。1日20バーツずつ取られていたという話も聞いています」
一方で現在については、「私たちの世代になると、中華系の人々はタイ社会の中でかなり中産階級化し、経済的な余裕も持つようになりました。そして同時に、非常に保守的な存在にもなってきている」と指摘。
続けて、「権力の側に近づいた中華系の人たちが増えた結果、今度は自分たちがかつて置かれていた立場と似た状況にある人々、例えばミャンマーから来た労働者たちを差別するようになっている。自分たちが周縁にいた経験を利用して、権力の側に入った後にマイノリティのチャンスを広げるのではなく、逆に抑圧する側になっているんです」と語った。
この構造は、タイ社会におけるLGBTQコミュニティにも通じるという。
「LGBTQの人たちも権力を持つようになると、自分たちがかつて持っていた周縁性を制度の拡張や包摂のために使うのではなく、さらに小さな立場の人たちを抑圧するために使ってしまうことがある。そういう状況が存在していると思っています」
そして、「タイ社会は、小さくて弱い人たちを自分たちの道具にすることが非常にうまい社会だと考えています」と懸念を示した。
続いて、本作の重要なモチーフとなっている2010年のタイ反政府デモ弾圧事件について質問が及ぶと、監督は当時を振り返った。
「2010年の虐殺事件は、自分自身がリアルタイムで経験した出来事でした。タイ社会には、1976年10月6日の血の水曜日事件や1992年の暗黒の5月事件など、国家による暴力を伴うさまざまな事件があります。しかし、自分はその頃まだ幼かったり、生まれていなかったりしました。2010年の出来事は、そうした事件の中で初めて自分自身がリアリティを持って経験した出来事だったんです」
自身は現場にいたわけではないものの、「ニュースやメディアを通して、その空気や雰囲気は十分に伝わってきていました」と振り返り、「私にとっては非常に暴力的な事件として記憶されています」と語る。
一方で、事件後の政府の対応についても言及した。
「事件が起きたのはバンコク中心部のサイアム地区でしたが、その後も政府はこの出来事に対して十分な態度を示していません」
さらに、犠牲者を追悼する「ビッグ・クリーニング・デー」についても触れる。
「虐殺の直後、バンコクでは『ビッグ・クリーニング・デー』という有名なイベントが行われました。一般市民や芸能人、政治家らが集まり、亡くなった人々の血痕を掃除するボランティアイベントです。私はそれを見ていて、とても奇妙なことだと思いました」
その出来事が長く心に残っていたという監督は、「ただ、それをどう表現すればいいのか分からなかった。この作品でようやく使うことができました」と語った。
さらに本作の構想と並行して、1932年の立憲革命についても考えていたと明かす。
「1932年、人民党による立憲革命によって、タイは絶対王政から立憲民主主義体制へ移行しました。その時代の人々は民主主義の象徴としてさまざまな建築物や記念碑を残しました。しかし、この10年ほどで、それらが明らかに組織的な形で撤去されたり、移設されたり、名前を変えられたりしているように見えます」
そして、革命を記念するプレートが王室を称えるものへ置き換えられた出来事を挙げ、「誰がやったのかも分からないし、その日に限って監視カメラが壊れていたと言われています。非常に疑わしい出来事でした」と語り、歴史の記憶が失われつつある現状への危機感を示した。
最後に、本作に込めた思いをこう語った。
「過去の出来事の記憶がどのように継承されていくのかは、この作品で考えなければならないテーマでした。劇中でドクター・ポールの家に各界のVIPたちが集まり、『いろいろな時代の幽霊に悩まされている』と語る場面がありますが、あれは2010年の虐殺だけを指しているわけではありません。2010年の出来事もあれば、人民党の記憶もあるし、1976年10月6日の大学生虐殺事件もある。タイ社会に残されたさまざまな歴史の記憶、その“幽霊”たちに悩まされている状態を表現したシーンなんです」
イベント後半では観客との質疑応答が行われ、映像表現や音楽、LGBTQ表象など、本作の演出について質問が寄せられた。
まず、ヨーロピアン・ビスタを思わせる画面サイズや色彩設計について問われると、監督は映像表現へのこだわりを語った。「映画が人工的に作られたものであることを観客に意識させるのが好きなんです」と切り出し、「『今、自分は映画を観ている』と感じてもらいたい。作品世界も現実と地続きにしたくないので、演技もあまりリアリスティックにはしていません」と説明した。
また、劇中で時代設定を明確にしていない理由についても、「登場人物は誰も携帯電話を使いません。時代の流れから少し外れた人々を描いているとも言えます」と語った。
続いて、劇中に複数のゲイカップルが自然に登場することについて質問されると、「ヘテロセクシュアルのカップルと数を合わせようとまでは考えていませんでしたが、ゲイの登場人物はたくさん描きたいと思っていました」とコメント。
さらに「今のタイはBL作品のイメージが非常に強く、ゲイカップルがロマンチックな恋愛をする人たちとして描かれることが多い。でも私はそれだけではない役割を持ったゲイカップルを描きたかった。スリラーや社会批評の文脈の中にも登場してほしかったんです」と、本作で目指した表現について語った。
音楽について質問が及ぶと、監督はオリジナル楽曲と既存曲を組み合わせた理由を明かした。「オリジナル楽曲と既存楽曲の両方を使っています」と説明し、「撮影中は音楽を一切使わないつもりだったんですが、最初の編集版を観て『これは絶対に音楽が必要だ』と思いました」と振り返る。
編集段階ではさまざまな楽曲を試した末に、ラヴェルへたどり着いたという。「私は19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパ音楽も好きなんです。岩井監督の映画『リリイ・シュシュのすべて』でドビュッシーが使われているのも好きなんですが、本作ではドビュッシーは少しドラマチックになりすぎると感じました。その中でラヴェルに行き当たり、編集で使ってみると夢のような響きがあった。冒頭やマーチが夢の中に入っていくシーンなどでは、そうした感覚を取り入れています」と語り、「そうしたイメージや条件を作曲家にも共有しながら音楽を作ってもらいました」と制作過程を明かした。
まとめ(注目ポイント)
- 監督が来日舞台挨拶に登壇『ユースフル・ゴースト』公開初日にラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督が登壇。作品の着想や制作背景を語る。
- 掃除機に憑依した幽霊の誕生秘話映画史における幽霊表現を研究した末、日用品に宿る存在として掃除機というアイデアへ到達。
- タイ社会とマイノリティを投影「ユースフル」という価値観や歴史の記憶を通して、タイ社会の権力構造を描いた作品。
- 映像と音楽へのこだわり人工性を意識した映像設計に加え、ラヴェルの音楽を用いて夢のような世界観を構築。
ユースフル・ゴースト
2026年7月10日(金)より全国ロードショー
監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルンカムチャット、ウィサルット・ホームフアン ほか
2025|タイ語、英語、イサーン語|タイ、フランス、シンガポール、ドイツ|130分|英題:A Useful Ghost|字幕翻訳:橋本裕充
配給・宣伝:SUNDAE(Powered by Filmarks)
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