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2021年カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞受賞、2022年アカデミー賞国際⻑編映画賞ショートリスト選出作品『大いなる自由』(公開中)の公開を記念して7月9日(日)にBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて松永大司監督(『エゴイスト』)によるトークイベントが実施された。ライターの小川知子が聞き手を務めた。

「頭をバコーンとやられた感じで、これだけの規模と豊かさで撮れることを羨ましいと思いました」

Bunkamura初の配給作品となる本作は、戦後ドイツで男性同性愛を禁ずる「刑法175条」のもと、「愛する自由」を求め続けた男の20余年にもわたる闘いを描いた、静かな衝撃作。主人公ハンスを演じたのは、ミヒャエル・ハネケ監督『ハッピーエンド』(17)やドイツ映画賞主演男優賞に輝いた『希望の灯り』(18) などで大きな印象を残した次世代スターで、ダンサー・振付師でもあるフランツ・ロゴフスキ。当初はハンスを嫌悪しながらも、次第に心をほどいていくヴィクトールを演じたのは、演技派ゲオルク・フリードリヒ。唯一無二の関係性を絶妙な距離感で具現化した二人のケミストリーは各国メディアから激賞された。監督は、オーストリアの俊英セバスティアン・マイゼ。カンヌを皮切りに世界各国の映画祭を席巻し、2022年レインボー・リール東京~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~でも絶賛が相次いだ。

『大いなる自由』

この日のトークイベントに登壇した松永大司監督は本作の感想について「まずは、スケールのすごく大きな映画だなと思いました。映画を観た時にいつも思うのは“これはどうやって撮ってるんだろうか?”ということなんです。20年以上の物語を同じ俳優が演じているというのが圧倒的で、そのうえ時代が行ったり来たりする…もうすごい映画だと…。『DAU. ナターシャ』と『DAU. 退行』を観た時と同じぐらいに頭をバコーンとやられた感じで、これだけの規模と豊かさで撮れることを羨ましいと思いました」と、第一印象を振り返り、監督としての羨望の想いを明かす。

男性同性愛を禁じた刑法175条の下、愛する自由が脅かされる主人公のハンスの姿が描かれていることについて、「僕はいつも映画を観る前に物語などを読まないようにしてるんですが、ハンスの腕に刻まれた数字の入れ墨(ハンスがナチスの強制収容所にいたことを示している)のところでハッとしたんです。そこに刑務所の同房で彫師であるヴィクトールという人物が重なっていく…あの場面を境に自分の入り込み方が変わったような気がします」と振り返る。

続けて、「ヴィクトールは、最初はゲイであるハンスに対して嫌悪感を持っていた訳ですが、物語が進む中で、時間の経過とともにそれが変わっていきますよね。これだけの時間の流れの中でないと描けないことなんです」と、時間の経過がふたりの関係にもたらすものについて語る。

本作の演出について、「実際の刑務所で撮影がされていたり、美術や衣装も含めて役者が役に入り込むための条件がそろっていて、監督の仕事のひとつがそういう環境を作ることだとすると、自分の仕事の進め方と少し似ているようにも思えました。もちろん、役者に細かいことを伝えることもあるんですが、細かいことを伝えるだけでは描けないディテールがこの映画にはあって、そこもすごいと思いました。年月によって変わっていくキャラクターの姿もそうですが、最初からドキュメンタリーを観ているような気持ちになりました」と自作との共通点を挙げながら、映画の魅力を語る。

本作の監督であるセバスティアン・マイゼも松永監督もドキュメンタリーを手掛けてきたという共通点を持つが、「ドキュメンタリーにおいて、撮っている目の前で起こっているのは基本的に事実です。それをどう撮るかということに注力しているわけですが、自分は、それをどう撮ろうがその場所に何かしらの“質量”がある限り、画面には何かが映ると信じて撮っています。『ミツバチのささやき』の監督であるビクトル・エリセの言葉に“自分が撮りたいものはフィクションの中のドキュメント性だ”というものがあって、その言葉に触れて以来、このことが僕が映画を撮る上でのひとつの指針になっています。『エゴイスト』も『大いなる自由』もフィクションなので、シナリオはあり、言ってしまえば“嘘”なんですが、目の前で起こっている役者の感情や登場人物同士の化学反応は、時に本物だったりするんです。僕はそれを撮りたいし、観る上でもそういう映画に惹かれるんです。『大いなる自由』にはその瞬間が何度もあって、すごくしびれましたね」と自身の監督哲学にも触れながら熱く語る。

マイゼ監督は、本作のインタビューにおいて脚本よりも作品の構成を重視し、俳優に託す部分が多いという自身の制作スタイルを語っている。そのことを聞いた松永監督は、「恐れ多くも全く同じなんです(笑)」と同意する。

また、フランツ・ロゴフスキが演じるハンスと、ゲオルク・フリードリヒが演じるヴィクトールというふたりについては、「ふたりの関係性が変わる瞬間が何度かありましたが、そこがすごいと思いました。構成やセリフだけでは成立しないものがあって、例えば、言葉でそう言っているからそうなんだ…というものを超えているものがある。映画の中における設定やルールをお客さんにも共有できるかというのは大変なことで、この映画は時間軸が複雑だからそれを共有できるのはとても難しいはずなのに、それができている。説得力がすごかったです。3つの時代のふたりの顔が全然違うんです」と語る。

さらに、松永監督は、この映画がどれぐらいの期間で撮影されたのかに関心があるといい、「こういう映画を見ると、現場に見学に行きたくなりますね」と好奇心を寄せる。

撮影について、「自分の映画では対象との距離感をいつも意識してるんですが、『エゴイスト』ではクローズアップにしています。それは、お客さんとの間の距離感をすごく意識したからで、カメラの高さは観る方の意識に意外に影響を与えると思っているので、いつも、対象と同じ高さで見てもらえるよう心がけています。見上げないし見下ろさない。でも、このことは意外に難しいんです。そういう意味で、『大いなる自由』もカメラの高さはすごく心地よかったですね。ハンスが強制収容所にいた人物であり、同性愛者でもあるという“強い”ものがありますが、描き方として彼をジャッジしていない。監督として歴史に対する考えはあると思うんです。でも、事実を多くの人に伝えるためにこの映画を撮るんだ、という誠実な姿勢をカメラワークに感じることができました」と語る。

最後に、「お客さんがどう見たかをぜひ聞いてみたいですね。コロナ禍において、映画やエンターテインメントのあり方が変わったと思います。いいことも悪いこともありました。映画を作っている立場の人間として配信があることはひとつの可能性だと思う反面、自分としては映画を映画館で観てもらいたいという気持ちもすごく大きいんです。今回ご覧いただいた『大いなる自由』はスクリーンだからこそ感じられる情報量を持つ映画で、こうやって沢山の方が見に来てくださることをありがたいと思います。映画が日常の中に少しずつ根付いてもらえたら嬉しいし、この映画は僕の映画ではありませんが、ぜひ観た方に周りの人に勧めたり、SNSで発信したりもらいたいと思います」と、映画界への想いを込めたメッセージを寄せた。

『大いなる自由』はBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開中。

作品情報

大いなる自由
2023年7月7日(金)、 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

STORY
第二次世界大戦後のドイツ、男性同性愛を禁じた刑法175条の下、ハンスは自身の性的指向を理由に繰り返し投獄される。同房の殺人犯ヴィクトールは「175条違反者」である彼を嫌悪し遠ざけようとするが、腕に彫られた番号から、ハンスがナチスの強制収容所から直接刑務所に送られたことを知る。己を曲げず何度も懲罰房に入れられる「頑固者」ハンスと、長期の服役によって刑務所内での振る舞いを熟知しているヴィクトール。反発から始まった二人の関係は、長い年月を経て互いを尊重する絆へと変わっていく 。

監督・脚本:セバスティアン・マイゼ/共同脚本:トーマス・ライダー /撮影監督:クリステル・フルニエ/編集:ジョアナ・スクリンツィ/音楽:ニルス・ペッター・モルヴェル、ペーター・ブロッツマン/出演:フランツ・ロゴフスキ、ゲオルク・フリードリヒ、トーマス・プレン、アントン・フォン・ルケ ほか
配給:Bunkamura

(2021年/オーストリア、ドイツ/116分/1:1.85/カラー/原題:Große Freiheit /英題:Great Freedom /字幕翻訳:今井祥子/字幕監修:柳原伸洋)

©2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions

公式サイト https://greatfreedom.jp/

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