新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開中の『それでも私は生きていく』のトークイベントが5月5日(金・祝)に行われ、小柳帝(ライター・編集者)と真舘晴子(The Wisely Brothers・ミュージシャン)が登壇した。
本作は、『未来よ こんにちは』(16)で第66回ベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞を獲得したミア・ハンセン=ラブ監督が自身の父親が病を患っていた中で脚本を書いた自伝的作品。父の病に対する“悲しみ”と新しい恋の始まりに対する“喜び”という正反対の状況に直面するシングルマザーの心の揺れを繊細に描き出す。主演は、フランスを代表する俳優レア・セドゥ。本作では主人公サンドラの複雑な心の機微を見事に表現し新境地を開拓している。
映画の公開を記念して行われたトークショーにゲストとして登場したのは、書籍「ぼくの伯父さん」「サヴィニャック ポスター A-Z」などの翻訳を務め、更に自身でフランス語教室「ROVA」を主宰するなどフランスカルチャーに造詣が深いライター・編集者の小柳帝と3ピースバンドThe Wisely Brothersのギター&ボーカルを担当しているミュージシャンの真舘晴子。上映終了後、たった今鑑賞を終えた観客の盛大な拍手に迎えられ、「皆様が余韻に浸っているところでお話をするのは、緊張しますね」と話す小柳と、深く頷く真舘。和やかな雰囲気でトークショーはスタートした。
まず、真舘が映画の原題『Un beau matin(ある晴れた朝)』について触れ、父親ゲオルグが書いた自伝のタイトルから引用されている事に対し、真舘は「彼が人生をどう見ていたか伝わってくる映画だと思った」と、率直な感想を述べた。
フランス語教室の先生でもある小柳は「Un beau matinは、一般的に“ある日”“ある朝”などbeau部分は訳さないことが多いけれど、このタイトルに関してはbeauに意味を持たせてると思いますね」と補足しつつ、「作中に登場するゲオルグが書いていたメモは、実際にミア・ハンセン=ラブ監督の父親が生前書いたもの」と明かし、本作が監督の実体験をもとにしたリアリティのある作品であることを再認識させるコメントをした。
更に、トーク前に劇場で再度鑑賞した真舘は「生きることって一言で纏めれば簡単ですが、様々なタイミングで起こる出来事から、自分以外の誰がどう生きていくか少しずつ知っていくということなんだと思いました」と改めて感じたことを述べた。
その後、ミア・ハンセン=ラブ監督にとって実の父親のことを題材に描いた本作に対し、母親を描いた同監督作品『未来よ こんにちは』(16)との違いに触れ、「『未来よ こんにちは』(16)は、(ミアの)祖母の介護や、両親の離婚の危機が終わったあとの“未来”という形で、バトンタッチ形式で描かれていますが、この作品は色んな物事が同時並行で描かれています」と言及し、「物事をパラレルに描くことで自身を深めていて、ミア・ハンセン=ラブ監督の進化を感じた」と本作を絶賛した。
次に、ミア・ハンセン=ラブ監督が、自身の実体験を作品に反映させることに対し、アーティストとしてどう思うかについて聞かれた真舘は「ミア監督の『自分の人生を愛するために映画を作っている』と言っていたことに共感できます」と明かし、「映画を観ることで自分の人生をより愛せると思っていたので、ミア監督は作ることで愛することができるんだなと、人生の繋がりを感じました」と熱く語った。続けて「今回のストーリーは自分にも重なるところがあり、絶妙な気持ちをここまで素敵に表現していて、とても背中を押されました」と熱く語った。自身の父親が亡くなった当時のことを振り返り、「私の実家に本やレコードがたくさんあって、父親が亡くなったあとに片付けをするところや、誰かが愛しているものに囲まれた状況が実体験と重なりました。大切な人が自分らしく生きている時間の記憶を大切にしたいなと思いました」と語った。
本作を観て、フランスの福祉について興味を持ったという真舘。それに対し、小柳は「実は、現在大ヒット上映中の映画『パリタクシー』との共通点があります。どちらの作品も、西にあるクールブヴォアという街に施設がある設定なんです」と明かした。
そして、家族全員で「サン・ジャンの私の恋人」を歌い、サンドラが泣いてしまうシーンの話題では、小柳が「実は、あの曲って、愛した男性に捨てられる女性の曲なんですよ。クレマンに恋しているサンドラにとっては、その曲を聞くのは耐えがたい状況だったと読み解くこともできるんですよね」と解説した。
また、ゲオルグが好きだったシューベルトを聞きたくないと言ったシーンについて、「その人が昔ずっと好きだったものを愛する気持ちが、もう無いということにとても共感できました。ただ、その人がシューベルトを好きだった時間、その人の姿として覚えておきたいな」と真舘は語った。
最後に小柳が、本作の音楽ヤーン・ヨハンソンについての魅力を語り、終始笑顔が絶えない中、イベントは幕を閉じた。
『それでも私は生きていく』は新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開中。
それでも私は生きていく
2023年5月5日(金・祝)より 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
STORY
サンドラは通訳者として働きながら、パリの小さなアパートで8歳の娘リンとふたり暮らしをているシングルマザー。彼女の父ゲオルグは、かつて哲学の教師として生徒たちからも尊敬されていたが、今は病を患い、徐々に視力と記憶を失いつつある。別居する母フランソワーズと共に彼のもとを頻繁に訪ねては、変わりゆく父の姿に直面し、自身の無力感を覚えるサンドラ。仕事、子育て、そして介護。長年自分のことどころではなかったサンドラだったが、ある日、旧友のクレマンと偶然再会し、自然と恋に落ちる。病を患う最愛の父に対する、やるせない思いと、新しい恋の始まりに対するときめきという相反する感情をサンドラは同時に抱くが……。
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ「未来よ こんにちは」「ベルイマン島にて」
撮影:ドゥニ・ルノワール 編集:マリオン・モニエ 美術:ミラ・プレリ
出演:レア・セドゥ、パスカル・グレゴリー、メルヴィル・プポー、ニコール・ガルシア、カミーユ・ルバン・マルタン
2022年/フランス/ 112分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Un beau Matin/英題:One Fine Morning/日本語字幕:手束紀子 R15+
配給:アンプラグド
公式サイト unpfilm.com/soredemo
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