イザベル・ユペール主演の社会派サスペンス『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』(全国順次公開中)の公開記念トークイベントが11月7日(火)に開催され、ゲストとして『あのこは貴族』などの岨手由貴子監督が登壇した。
本作は『エル ELLE』などのフランスの代表する女優イザベル・ユペールが、仏総合原子力企業アレバ(現オラノ)社のCFDT(フランス民主労働組合連盟)代表モーリーン・カーニーを演じる社会派サスペンス。会社とその未来、そして従業員の雇用を守るため、中国とのハイリスクな技術移転契約の内部告発者となったモーリーンが、自宅で襲われるという肉体的暴力と、それを自作自演だと自白を強要する権力側からの精神的暴力に対し、屈することなく6年間闘い続け、無罪を勝ち取るまでを描いた、驚愕の実話の映画化だ。監督はイザベル・ユペール主演作品『ゴッドマザー』(2021)を手掛けたジャン=ポール・サロメ。今年3月にフランス本国で公開され大ヒットを記録した。
このたびトークイベントに登壇した岨手由貴子監督は、長編商業デビュー作となる『グッド・ストライプス』(15)で第7回TAMA映画賞 最優秀新進監督賞、2015年新藤兼人賞(金賞)を受賞。2021 年に公開した『あのこは貴族』は第13回 TAMA 映画賞 最優秀作品賞を受賞し、ロッテルダム国際映画祭など海外の映画祭へも選出されフランスや韓国でも公開。国内外から注目を浴びる岨手監督は、映像産業の持続性と映像文化の多様性を守るための統括機関の設立を訴えるための団体「action4cinema/日本版 CNC 設立を求める会」でも活動を行っており、驚愕の実話を描いた本作や今後の日本映画の未来についても語った。聞き手を務めたのは映画ジャーナリストで元「キネマ旬報」編集長の関口裕子。
まず本作を観た感想について岨手監督は「国家を揺るがすクライムサスペンスみたいな感じで最初観ていくと、途中で主人公の受けた性被害に対しての周囲の反応という所に物語が向かっていくのが意外でした。でも結局映画全体を通して伝えたいことがちゃんと残るようなまとめ方になっていてとても新鮮でした」と述べる。
関口も「そうですね、国家を揺るがす一大事件っていう風にも描けるにも関わらず、イザベル・ユペール演じるモーリーン・カーニーという人の、人となり、人生に焦点が絞られていくという不思議な作りの映画で、そこが魅力だと思う」と監督の意見にうなずいた。
さらに関口は「2011年の東日本大震災の時に福島の原発の汚染水処理を頼んだのが、映画にも出てくるアレバ社というのは記憶に残っている方もいるかと思います。実際に調査に訪れたのが、映画の中に出てくる女性CEOのアンヌさんだということを踏まえると、私たちとも地続きなリアルな映画だなと思います」と続けた。
本作のキャスティングについて岨手監督は「内面をすべて出さないキャラクターであったりとか、本音をさらけ出さない脚本だったりすると、お芝居がとても重要になってくると思うんです。その時にどういう役者をキャスティングするかが映画を左右すると思う」と話し、モーリーン・カーニーを演じたイザベル・ユペールについて「こういった表情を表にださない主人公が物語と密接に関わってくる中で、監督が彼女に信頼を置いて、観客が持っている先入観にも問いかける作りになっているところから考えても、監督との信頼関係がすごく大きかったんだと想像しました」と答えた。
「イザベル・ユペールはステレオタイプの芝居をしないところが魅力」だと話す岨手監督は「ポール・バ―ホーベン監督の『エルELLE』でも性被害を受ける女性の役を演じていて、そこでもステレオタイプではなかった。それは実際に性被害を受けた方のバックアップにもなると思うんです。だからすごく意思を持って作品に出られているんだろうと思います」と言及。
関口は「元上司のアンヌ、女性憲兵隊員など、映画を観る限り男性社会のなかで女性がポジションを築くのは難しい」と感じたそうで、「そのなかで協調しあう女性の3人をどうご覧になりましたか?『あのこは貴族』でも助け合う女性たちに心意気を感じましたが」と問いかけると、岨手監督は女性たちが「美しき連帯だな」と嫌味を言われるシーンに言及し「男性同士がつるんでいてもそんなふうには言われません。でも女性が女性をサポートとすると茶化されるというような不均衡がある。ただ映画に出てくる3人の女性は、女性だからという理由でサポートしていると思って観ていませんでした。それが正しいことだと思ったからサポートしたと思うんです」と解釈したという。
「それって逆に言うと、正しいと思う行動を女性が取るときに、いかに取りづらい社会かっていう裏返しのようにも思えて。私が『あのこは貴族』を撮った時も女性だからという理由で連帯するっていうこと以上に、もちろん不均衡があるから。女性同士助け合うのもとても大事なことなのですが、正しいと思う通りにきちんと行動できるという構造が必要なんじゃないかなと思っていて、正しいと思って取った行動の言い分を、当たり前に受け止められる状況が本来であれば求められているんじゃないかな」と返答した。
関口は「モーリーン・カーニーの性被害のシーンや、追いつめられる場面など、とてもセンシティブなシーンがいくつかあります」と話し、役者のケアという観点にテーマが及んだ。岨手監督は「最近では日本でも、演出側と役者との間にインティマシー・コーディネーターに入ってもらうという考え方も、すこしずつ浸透してきている」と説明。
イザベル・ユペールにインタビューした際に「どんなシーンを演じるのも、監督やスタッフとの信頼関係が築けていれば、まったく案ずることはない」と話していたと明かす関口。それを聞いた岨手監督はフランスとの規定やルールの違いがあることに触れつつも「日本でそれをやるとなると注意が必要だと思う。監督と役者に信頼関係がある、それだけでやれますっていうことが行われてきた上で日本では色んな被害が明るみになっている側面があると思うんです。これから日本の映像業界がやらないといけないことっていうのは、精神的な結びつきっていうことではない方向で、どうやったら安全に撮影ができるかっていうことをオープンに考えていく必要がある」と日本の撮影の状況への考えを示し、関口も大きくうなずいた。
映像産業の持続性と映像文化の多様性を守るための統括機関の設立を訴えるための団体「action4cinema/日本版 CNC 設立を求める会」でも活動する岨手監督は「ハラスメントを含めた労働環境であったり、映画にまつわる教育など、映像業界が文化としても産業としても持続的に続いていって、観客もそれを享受できて、作り手も若い人が育って後進に伝えてっていうサステナブルになるのかっていうのを考えて活動している」と日本の映像業界の未来に信念を持って取り組んでいることを観客に伝え、トークイベントを締めくくった。
映画『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』は絶賛公開中。
私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?
2023年10月20日(金)よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか全国順次公開
監督:ジャン=ポール・サロメ
脚本:ファデット・ドゥルアール
撮影:ジュリアン・ハーシュ
音楽:ブリュノ・クーレ
出演:イザベル・ユペール/グレゴリー・ガドゥボア/フランソワ=グザヴィエ・ドゥメゾン/ピエール・ドゥラドンシャン/アレクサンドリア・マリア・ララ/ジル・コーエン/マリナ・フォイス/イヴァン・アタル
2022年/フランス・ドイツ/ヘブライ語/121分/ヨーロピアン・ビスタ/カラー/原題:LA SYNDICALIST/1:2:35/5.1ch
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
配給:オンリーハーツ
Ⓒ2022 le Bureau Films-Heimatfilm GmbH + CO KG-France 2 Cinema
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