『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』で知られるドキュメンタリー界の⽣ける伝説、フレデリック・ワイズマン監督が⽶マサチューセッツ州ボストンの市役所を撮影した最新作『ボストン市庁舎』が全国順次公開中。このたび、現在91歳、近年も年1本のペースで新作を⽣み出し続けているワイズマン監督が特別に取材に応じ、本作の誕⽣秘話や“映画を撮ること”への思いを語った。
本作は、数百種類ものサービスを提供する市役所の仕事の舞台裏や、マーティン・ウォルシュ市⻑をはじめ真摯に問題に対峙し奮闘する職員たちの姿を通し、「⼈々が共に幸せに暮らしていくために、なぜ⾏政が必要なのか」(ワイズマン監督)を紐解いていくドキュメンタリー。
コロナ禍で⾃分の住む⾃治体への関⼼がますます⾼まる今、映画ファンのみならず⽇本の⾏政関係者の間でも話題を呼び、多くの⼈々が劇場に⾜を運んでいる。また 11 ⽉ 2 ⽇に次期市⻑に台湾系⼥性ミシェル・ウーが当選し、ボストンが注⽬を集めていることも追い⾵になっている。
このたび、フレデリック・ワイズマン監督への特別インタビューが実現。近年はボストンの隣町ケンブリッジにあるオフィスと、フランス・パリを拠点にしているワイズマン監督。コロナ禍の影響で今もアメリカへ戻れていないそうで、取材はパリと⽇本を zoom で繋ぐ形で⾏われた。
フレデリック・ワイズマン監督 <スペシャルインタビュー>
――今回、「市役所」を題材に映画を撮ろうと思ったのはなぜでしょうか。
これまで私は、病院、裁判所、福祉センター、警察署など、様々な公共機関を題材にして映画を撮ってきました。それらを統括し、中核に位置する公共施設が市役所ですから、撮ってみたいと思っていたのです。また、市役所というのは、出⽣証明や死亡証明、レストラン出店の許可証や運転免許の交付などといった、市⺠の⽇常⽣活の⾄るところに影響を及ぼしている。そんな部分も魅⼒的に感じました。
――やはり、市役所の中でも、故郷ボストンの市役所を撮りたかったのでしょうか。
いいえ。これは偶然なのです。ある時、「6⼈の名市⻑について」の新聞記事を読んで、その全ての市役所に撮影許可を申し出る⼿紙を送りました。そのうち2つからは「ノー」と返事が来て、3つからは返事すらもらえず、許可をくれたのがボストン市役所、マーティン・ウォルシュ市⻑だけだったのです。⼿紙を開封した市⻑のアシスタントが、私の作品を観ていたそうで、この映画の企画を気に⼊って市⻑に助⾔してくれたそうです。本当に幸運でしたね。
――監督は、題材に対して事前に⼀切リサーチをせず、撮影に臨むと聞きました。この作品もそうなのでしょうか?
その通りです。今回の映画でも、予備知識のようなものはほとんどありませんでした。撮影するまで市役所には⼀度しか⼊ったことがなかったですし、“市政”について無知と⾔っていいくらいでしたね。でも、無知であるというのは良い⾯もあります。知りたいという欲求が出てきて、結果的に現場で多くの驚きに遭遇できる。事前にリサーチして何が起こるのか予想するのは可能でしょうが、私にとっては、撮影しているときに現れる驚きが楽しいのです。それに、下調べしているときに、何か現場で⾯⽩いことが起こったら、もったいないと思うのです。たとえばリサーチのため、(映画に出てくる)⼤⿇ショップを巡る会議にカメラなしで⾏っていたら、相当に悔しがっていたと思いますね。ちなみにあのシーンは、撮影しながら「これはすごい!」と驚き、絶対に映画に使おうと⼼に決めていました。あの議論は実際には2時間以上続いたのですが、本編では 26 分くらいにまとめています。あの場⾯は、観客がまるで⾃分もその場にいるように感じながら観てほしいですね。
――『ボストン市庁舎』の撮影はトランプ政権下の時期に⾏われています。この映画はボストンの政治を“⺠主主義”を体現する「反トランプ」として描いているのでしょうか。
私はただ市役所の映画を撮りたかっただけです。しかし、トランプの存在が、この映画を政治的なものにしてしまった。私はトランプを、サイコパスの異常者だと感じています。アメリカの⺠主主義や慣習を彼は壊してしまったのです。トランプは、他⼈のことなど考えません。⽣活困窮者と⾼齢者への⼿助けを最⼩限にし、公営住宅制度や社会プログラム、公⽴中学校の予算配分、オバマケアを崩壊させたがっています。トランプは⼈々を助けることに無関⼼なのです。しかしウォルシュ市⻑は気にかけます。⼈々が集まり、あらゆる議論をし、時には妥協して前進する、ということがボストン市庁舎では⾏われています。トランプの愚かさが、彼らの能⼒を強調したのです。
――監督は、そんなウォルシュ市⻑や職員らの姿を間近で⾒て、どんなふうに感じましたか?
彼らに対する私の印象は、本当に市⺠のことを考えていて、改⾰しようとしており、ボストンの⼈々に対してできる限りのサービスを提供しているというものでした。彼らは相⼿を軽蔑するのではなく、敬意を持って接しようとしている。⼈々がひどい仕事をしているのを⾒せるというのもいい主題だと思いますが、私は⼈々の努⼒を⾒せるのが好きです。⾃分の仕事をこなしている、能⼒ある⼈々についての映画を作ることを気に⼊っているのです。
――90 歳を超えてもなお、驚くべきペースで新作を撮り続けていらっしゃいます。その創作の情熱を⽀えているものは何でしょうか。
⾃分が好きな仕事を⾒つけることができ、それをやり続けていることが私のエネルギーの源です。映画を撮り始めた37歳の頃から、⾃分は本当に映画が好きで、⾃分はそれを作ることができると分かってからの 54 年間、懸命に働き映画制作に情熱を捧げてきました。私は、⾃分が住んでいる世界に絶えず興味関⼼があり、映画を撮ることでそれらを理解したいと思っています。映画作りに没頭している時はすごく幸せで、それ以外の時間はあまり幸せを感じていません(笑)。とにかく映画を作ることが好きなんです。
――次回作の予定はあるのでしょうか。
今は劇映画を準備しています。というのも、パンデミック中は皆マスクをしていて、画的に⾯⽩くないからです。パンデミックがおさまって皆がマスクをしなくなったら、またドキュメンタリーも撮りますよ。でも、テーマはまだ考えていません。“撮れる”と思ってからでないと、テーマを考える気持ちも起きないんです。
――最後に、あなたの新作を待ち望んでいた⽇本の観客へメッセージをお願いします。
⾃分の映画が、⽇本で上映されるのはとても嬉しいことです。たくさんの⼈が映画館へ⾜を運んでくれますからね。なぜ⽇本で、たくさんの⼈が私の作品に興味をもってくれているのかは、⾃分でもわかりませんが(笑)。⽇本の⼈たちが私の映画を観て、⾃分の体験と照らし合わせて語ってくれるのは、私にとっても良い刺激になっています。
『ボストン市庁舎』はBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開中。
ボストン市庁舎
2021年11月12日(金)より Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
監督・製作・編集・録音:フレデリック・ワイズマン/2020年/アメリカ/英語/272分/カラー/1.78:1/モノラル/DCP
原題:City Hall 字幕:齋藤敦子
配給:ミモザフィルムズ、ムヴィオラ
© 2020 Puritan Films, LLC – All Rights Reserved
公式 HP: https://cityhall-movie.com/
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