インドネシア発の独創的な愛と復讐のドラマ『復讐は私にまかせて』(8月20日公開)のエドウィン監督の来日プロモーションにあわせて、最新作『LOVE LIFE』が第79回ベネチア映画祭コンペティション部門に出品され話題を呼んでいる深田晃司監督との対談が実現した。
『復讐は私にまかせて』は、トラウマにもがくケンカ最強の男女の壮絶な運命を描くラブ&バイオレンス。監督は、国内外で多くの受賞歴を誇るインドネシア映画の俊英エドウィン。往年の香港カンフー映画、タランティーノ、Jホラーへのオマージュをうかがわせる仕掛けは観客の好奇心を駆り立て、バイオレンス、コメディ、エロスのエッセンスを散りばめた世界は、予測不能のスリルにみなぎっている。世界的に権威のある文学賞「ブッカー賞」にノミネー ト歴のある著名作家エカ・クルニアワンが自身のベストセラー小説を原作として提供し、共同脚本にも携わった本作は、現代的な視点による鋭い社会風刺もはらみ、第74回ロカルノ国際映画祭で最高賞の金豹賞に輝いている。
今回対談が実現したエドウィン監督と深田晃司監督と出会いは2014年、日本とインドネシアの映画人の交流企画の一環で深田がインドネシアを訪問した時が初対面だったという。二人の対談の模様は以下にて。
エドウィン監督×深田晃司監督 特別対談
深田:とても驚いたのが、エドウィン監督がフィルムの保存運動など、社会活動にも非常に熱心に取り組まれていたことです。『空を飛びたい盲目のブタ』や『動物園からのポストカード』などアート性の強い作品を撮りながら、同時にアクティビストであるというところが私にはとても好印象で、自分自身も映画業界のためのNPO活動をしていたので、インドネシアにも同じような活動をされている方がいて頼もしく感じました。
——『復讐は私にまかせて』をご覧になった感想は?
深田:まず、エドウィン監督の現時点の集大成のような作品だと思いました。初めて見た監督の作品『空を飛びたい盲目のブタ』が衝撃的で。非常にナラティブで「何かすごいものを見た」という印象が残る作品なのですが、その次の『動物園からのポストカード』も同様、明確な物語があるわけではないのです。ところが、その次の『ひとりじめ』は一転して、ストレートに物語を語るジャンル映画のような作品だったので、その振り幅にすごく驚きました。今回の『復讐は私にまかせて』は、原作があるので当然ではあるのですが、はじめの2作にあった非常に強い作家性と、『ひとりじめ』で見せた娯楽性や物語性の強さが絶妙のバランスで混ざり合っていますよね。」
——本作の魅力について
深田:この作品が確かにエドウィン監督の世界だなと感じたのは、アジョがED(勃起不全)だという設定です。監督の作品では性的な要素がきちんと扱われているという印象があり、確信犯的にそれを入れてきていると思っていました。それが今回は男性主人公がEDという形で組み込まれていて、原作ものではあるけれども、チョイスした原作自体がエドウィンさんの世界にとても親和性が高いのだろうなと感じました。
エドウィン:ご指摘ありがとうございます。そこは自分では気づいていない点でした。
深田:主演の2人がすごく良かったのは、シラットの達人で用心棒であるなど、強烈な背景を背負っているのに、その背景に従属せず、非常に自由に演じていたところです。ステレオタイプにはまらず、2人の個性が生かされていたと思います。2人のアクションシーンには、非常に映像的な工夫が凝らされていましたね。小説の文字から映像言語に置き換えるうえで、エドウィン監督なりに工夫された点はありますか?
エドウィン:小説から脚本を起こす際に私が何よりも頼ったのは、最初に小説を読んだ時の記憶です。特に印象に残ったアジョとイトゥンの関係を大切にしました。脚本に着手する前に敢えて読み直さず、忘れている部分は大切ではないのだと解釈しました。原作では、2人のアクションシーンだけで1チャプター分、20~30ページくらいの分量があるので、本を読んだ時に記憶に残った部分を凝縮しました。大きく変更したのはロケーションですね。小説では緑の多い水辺という設定でしたが、今回ロケ地に選んだのは、砂埃の舞う乾燥した採石場。あのアクションシーンは2人が恋に落ちる場面なので、詩的ではない荒々しい場所を敢えて選びました。
深田:確かに、あそこがロマンチックだと感じられる場所だと、ありきたりになってしまいますね。あの荒涼とした雰囲気の中で恋が芽生えるというのが、単純にカッコよかったです。映像的にもあの場面は、採石場の空間が非常に立体的に捉えられていると思いました。行き交うトラックに視界が遮られたりすることで奥行きが出ていて、さらに砂利を運ぶベルトコンベアーの上で戦う上下の動きを加えることで、三次元で見せるよう計算されていましたね。
エドウィン:ハリウッド的なポピュラーカルチャーの文脈では、「ロマンチックとはこういうもの」という設定がありますよね。でも、それはバカげていて、現実的ではない。理想的とされるラブストーリーの設定というのは、結局、社会が人に期待している、社会の枠組みの中で形づくられた定型だと思うのです。だから今回は、ハリウッド的ではないラブストーリーを描きたいという思いがあり、より不可能な状況で——本作の場合だと、暴力にまみれた状況で——恋に落ちることができるのかどうかを描きたかった。2人が戦うシークエンスだけを切り取ってショートフィルムを作っても、それだけで完璧なラブストーリーになるようなシーンを目指しました。
深田:この作品を日本で公開することは、とても意義深いことだと思っています。描かれている暴力――つまり1980年代から90年代を背景にした暴力というのは、日本とは全然関係のない遠い国の痛みのように見えます。でも実は、インドネシアにはオランダの植民地だった時代があり、日本の軍政が敷かれていた歴史があって、この映画の世界もその延長線上に存在しているということです。だから日本の観客の人にも、この映画は日本社会と地続きであるというふうに感じてみてほしいなと思います。
『復讐は私にまかせて』は8月20日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次公開。
復讐は私にまかせて
2022年8月20日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
STORY
1989年、インドネシアのボジョンソアン地区でケンカとバイクレースに明け暮れる青年アジョ・カウィルが、クールで美しく、男顔負けの強さを持つ女ボディガードのイトゥンとの決闘に身を投じ、情熱的な恋に落ちる。実はアジョは勃起不全のコンプレックスを抱えていたが、イトゥンの一途な愛に救われ、ふたりはめでたく結婚式を挙げる。しかし幸せな夫婦生活は長く続かなかった。アジョから勃起不全の原因となった少年時代の秘密を打ち明けられたイトゥンは、愛する夫のために復讐を企てるが、そのせいで取り返しのつかない悲劇的な事態を招いてしまう。暴力と憎しみの連鎖にのみ込まれた彼らの前に、ジェリタという正体不明の“復讐の女神”が舞い降りるのだった……。
監督:エドウィン 撮影:芦澤明子 出演:マルティーノ・リオ ラディア・シェリル ラトゥ・フェリーシャ レザ・ラハディアン
2021│インドネシア、シンガポール、ドイツ│インドネシア語│115分│ビスタ│5.1ch│カラー│PG-12
原題:Seperti Dendam, Rindu Harus Dibayar Tuntas
配給:JAIHO
Ⓒ 2021 PALARI FILMS. PHOENIX FILMS. NATASHA SIDHARTA. KANINGA PICTURES. MATCH FACTORY PRODUCTIONS GMBH. BOMBERO INTERNATIONAL GMBH. ALL RIGHTS RESERVED
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