フランスのとある郊外、チキンをめぐる母娘の大騒動と亡きお父さんの記憶を追うフレンチ・アニメーション・コメディ『リンダはチキンがたべたい!』が4月12日(金)より全国ロードショー。本作の日本公開を記念して、監督・脚本のキアラ・マルタとセバスチャン・ローデンバックが来日し、3月14日(木)に片渕須直監督とのトークショーが実施された。
第76回カンヌ国際映画祭Acid部門選出、アヌシー国際アニメーション映画祭2023長編アニメーション部門で最高賞クリスタルを受賞、さらに第49回セザール賞 最優秀アニメーション作品賞にノミネートされた本作は、米「Variety」紙では「後から振り返ってみると、間違いなく今年のカンヌで最高の作品!」と評され、昨年行われた東京国際映画祭アニメーション部門での日本プレミア上映でも笑いと涙で観客を包み込んだ珠玉作。フランスのとある郊外で巻き起こる、チキンをめぐる母娘の大騒動を描く。
このたび開催されたトークショーには、来日したキアラ・マルタとセバスチャン・ローデンバックの両監督と片渕須直監督が登壇。お互いにリスペクトし合う作家同士が本作の魅力、そして世界と日本のアニメーションについて語り合う機会となった。
映画上映後、あたたかな雰囲気に包まれた会場に登場したキアラ・マルタ監督は「自分の国とは遠い、日本という国で観ていただくことができてうれしく思っています。皆さんに気に入っていただけたら幸いです」とあいさつ。続くセバスチャン・ローデンバック監督が「映画の制作というのは洞窟のようなところに閉じこもって作品をつくっているものなので。このように皆さんに作品を見ていただいて、世界中をまわることができていることに感動しております」と晴れやかな表情を見せると、ふたりとも親交があるという片渕監督が「実はキアラとセバスチャンとは友人なので、横に並ばせていただいております。今日はふたりのすばらしさを皆さんにお伝えできれば」と会場に呼びかけた。
本作の着想はどのようなところから始まったのだろうか。まずはマルタ監督が「最近、子ども向けにつくられている映画の中で面白い作品がないなと思っていたので、子ども向けの映画をつくりたいなと思ったんです。子どもをきちんとリスペクトした作品をつくりたいなと思っていて。それが子どもに受け入れられるなら、大人にも受け入れられるだろうと思っていました」とその経緯を明かすと、ローデンバック監督も「本作では脚本・演出を共同で行ったのですが、それはつまり船の船長がふたりいたということ。制作手法としては、とても型破りな、常識にとらわれない方法でつくっていきました」と付け加えた。
そんな本作について片渕監督も「人物の(輪郭の)線がつながってないとか、ひとりひとりの人物が一色で塗ってあるとか、そういう(技術的な)ところはあるんですけど、見終わると、心の中に残っているひとりひとりの人物がちゃんと生きている人として記憶に残るんですね。それがすばらしいなと思いました。なかなか映画をつくるときって、人物が記号的になってしまったりもするし、どこかで観たことがあるようになってしまうことが多いんですけど、この映画は確かにひとりひとりの人物の姿を、そこにいた人として生み出している。そういったアートだったなと思います」と評する。
本作のもっともユニークなスタイルとして、絵づくりの前に録音を行ったことが挙げられる。しかもそれはスタジオでの収録ではなく、実写映画の撮影と同じように、俳優たちに実際に演技をしてもらったものを録音するというもの。それはいわば“カメラのない映画撮影”といったものだったが、それについてマルタ監督が「録音についてですが、リアルな音をダイレクトに録っていきたいと考えました。なぜ最初に音を録ったのかというと、通常ならば作画が完成したところで、役者が画に合わせてアフレコというものを行うわけですが、そうすると画に合わせないといけないため、演技に制約が生まれてしまうと思ったのです。そこで画がない状態で演じてもらいました。このやり方は普通ではやらない方法なのですが、脚本を書いた後にすぐに録音を行いました」と明かすと、ローデンバック監督も続けて「音の収録が終わった段階で、音だけの映画をつくったということです。それをもとにアニメーターが画を制作しました。つまり音の収録の時に役者が演じたということが第1段階、そしてその音を聞きながら、アニメーターたちが想像しながら描いたというのが第2段階の“演技“だと考えています」と解説。それはある意味、役者だけでなく、アニメーターにも“演技者”としての資質が求められることとなった。
制作においては、ひとりひとりのアニメーターに対してある程度の方向性、ディレクションは伝えたものの、基本的にはアニメーターたちには「自由にしていい」と伝えていたという。「そもそもアニメーションというのは、前の工程で計画したことをそのまま実行していくということが多いわけですが、われわれの場合はそうではなくて。前にやったことを否定しながら、新しいものを生き生きとつくることを大事にしていたので、脚本に描かれたことをそのまま実行する必要がないと考えていました」と切り出したマルタ監督は、「アニメーターがそれぞれのキャラクターを担当するようなやり方だと、その前のシーンがどういう場面なのかが分からないままにひたすらキャラクターを動かすということになりがちですが、そうではなくて、ひとつのシーンをそっくりそのまま、演出もふくめてアニメーターにお願いしてつくったということ」と解説。
そうした自由なクリエイションが可能となったのは少人数だったからだという。「アニメーターは全部で7人と少ない人数でしたし、働いていたスペースも本当に小さくて。みんなですぐに話し合いができる状態だったというのはあると思います」とローデンバック監督が明かすと、その独特なつくりかたを聞いた片渕監督も「自分たちが普段やっていることは複雑化していて。そうすると意思の疎通も難しくなっていきますよね。その7人のアニメーターというのはおそらく原画も動画もやってらっしゃるんだと思いますが、だからこそ技法自体が共通しているし、シーンだけでなく、全体を通して人物像が統一されていた。それはかなり密接にコンタクトしながらやっていたんだろうなと。そのことを重視するゆえに、色は細かく塗らなくていいんだとか、大胆な指示が出せる。そこにはある種の理想が実現されているんだなと思いました」と感心した様子。
その言葉に「その通りだと思います」と続けたローデンバック監督も「ひとりひとりのアニメーターが原画と動画を担当しました。通常であれば、線を描くときにも、まずはラフに下描きを行ってから清書をしていくという過程を経ていくものだと思いますが、今回の作品では一発目からいきなり線を描いていくということが多かったです」と説明。さらに「通常、アニメーションをつくるときは、モデルシート(キャラクターをいろんな角度から描いた見本)をもとに画を描いてもらうわけですが、今回、アニメーターにはモデルシートを見ないで描いてくれとお願いしました。実写の役者さんがカットのサイズや構図によって顔の見え方が違うように、アニメーターでもシーンやカットによって顔が違うというのはありえると思ったからです」とそのユニークなスタイルについて明かした。
そんなふたりの話を笑顔で聞いていた片渕監督は「僕らは日本のアニメーションをつくってるわけですが、日本のアニメーションとはまた違った、新しいものがここに入ってきたんだな、ということを感じました。ご覧になる皆さんの興味が広がって、こういった作品にも興味を持っていただけるとありがたいなと思っています。キアラとセバスチャンのつくり方というのが、自由を体現するようなつくり方であるような気がしています。こんなことをやっていいんだ、こんなアニメーションもいいんだ、面白かったな、というような形で、自分の中の新しいものを広げていっていただけたらいいなと思っています」と観客に向けてメッセージ。
そしてマルタ監督が「伝えたいことはすべて映画に込めているので。もし気に入っていただけたなら、まわりの人に紹介してください」と語ると、ローデンバック監督も「大量のアニメーションがつくられているような、グラフィックの文化が高い日本という国で映画が公開されることになりラッキーだなと思っています。子ども向けにとつくったアニメですが、今日は大人の観客に来ていただくことができました。客席が大人ばかりということはフランスでもなかったこと。だから今日はうれしかったです」と笑顔を見せた。
『リンダはチキンがたべたい!』は4月12日(金)新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー。
リンダはチキンがたべたい!
2024年4月12日(金)新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー
STORY
フランスのとある郊外。母ポレットの勘違いで叱られたリンダは、間違いを詫びる母に、かつて一緒に暮らしていた父のレシピのチキン料理が食べたい!と懇願。しかし街はストライキでお店はどこも休業中!チキンをめぐる母娘のクレイジーなドタバタ劇は、警察官や運転手、団地の仲間たちを巻き込み大騒動に。ふたりは思い出の料理を食べることができるのか……。
監督・脚本:キアラ・マルタ(『Simple Women』)、セバスチャン・ローデンバック(『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』)
提供:アスミック・エース、ミラクルヴォイス、ニューディアー 配給:アスミック・エース 配給協力:ミラクルヴォイス
原題:Linda veut du poulet! /2023年/フランス=イタリア/76分/カラー/シネマスコープサイズ/5.1ch/フランス語
©2023 DOLCE VITA FILMS, MIYU PRODUCTIONS, PALOSANTO FILMS, France 3 CINÉMA
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