昨年のカンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部⾨に選ばれ、フランスのセザール賞で主要部⾨にノミネートされた『彼⼥のいない部屋』(現在公開中)の日本公開を記念し、公開2⽇⽬となる8⽉27⽇(⼟)のBunkamura ル・シネマでの上映後、本作のマチュー・アマルリック監督と『ドライブ・マイ・カー』の濱⼝⻯介監督のオンライン対談が⾏われた。
『彼⼥のいない部屋』はフランスの名優にして名監督マチュー・アマルリックが監督・脚本を務め、その「最⾼傑作」と⾼く評価されている最新作。主⼈公を演じるのは、いま“ヨーロッパ No.1 ⼥優”とも⾔われ、今年のカンヌある視点部⾨⼥優賞にも輝いたヴィッキー・クリープス(『ファントム・スレッド』『オールド』)。海外資料にあるストーリーは「家出をした⼥性の物語、のようだ」という 1 ⾏のみという話題作である。
今回のオンライン対談は、かねてから「⽇本映画からは⼤きな影響を受けている」と語るアマルリック監督が、昨年『ドライブ・マイ・カー』を⾒て感動して以来、過去作も⾒たと濱⼝監督への敬愛を語っていたことから企画された。
⼀⽅、濱⼝監督も「マチューさんは私にとって映画を⾒始めたころからの⼤スター」と⾔い、監督作品にもいつも尊敬を抱いたということで対談を快諾。『彼⼥のいない部屋』には「(『ドライブ・マイ・カー』との)密かなある種の共鳴を感じる⼈がいるのではないか」とアマルリック監督が語るなど、映画の素晴らしさに国境はないと感じさせる待望の初対談となった。
昨年のカンヌ国際映画祭で顔は合わせてはいるものの、しっかり話をするのは初めて。しかもカンヌでは互いの出品作を⾒ていない状況だったので、⼆⼈揃って「あの時⾒ていればもっと話ができたのに!」という思い出や、アマルリック監督が「RYUSUKEと呼んでいいですか?」と⾔ったり、アマルリック監督のパリの⾃宅と東京の濱⼝監督の距離を感じさせない優しく親密な雰囲気でスタート。
対談の途中では、互いの映画作りについて「フィクションでもドキュメンタリーでも、⾮常にミステリアスな部分をどんどん開拓していく。これは⻯介さんもやっていることですね。だから、あなたは私の弟であると同時に、私の師匠かなとも思っています。ふたりとも映画愛というものをもって作品を作っているんだなと感じています」とアマルリック監督が話す場⾯もあり、濱⼝監督が「弟と⾔ってもらったことは⼀⽣忘れないと思います」と⾔うと場内の観客もどっと沸いていた。
対談ではまず濱⼝監督が、『彼⼥のいない部屋』の感想を、「本当に素晴らしいと思いました。去年のカンヌで⾒ていれば去年のベストだったと思うし、今年のベストだと思っています。近年⾒ても、ここまで⼼を揺さぶられる映画というのは稀」と語った。さらに「映像と⾳響のあり⽅、話しの進め⽅が本当に驚くべきもの。ものすごく⾼い技術によって達成されているものだと思うのですけど、それがエモーションのために全ての技術が総動員されていることが何より素晴らしいと思いました」と絶賛。独特の構成や編集が取り上げられやすい『彼⼥のいない部屋』が、その技術が実は全て「エモーション」のためであると対談中に何度も強調していた。
また、主⼈公クラリス役を務めたヴィッキー・クリープスについて、濱⼝監督が「⾒せびらかしのような演技がまったくなく、だからといって無感情なのではなく、蓄えていた感情を必要なときに放出することができる」として、その演技をどう引き出したのかと尋ねると、アマルリック監督は「ヴィッキーに何か教えるということはありません。ジャン・ルノワールもやっていますが、⻯介さんはリハーサルでは感情を出さないような形でやっていますよね。そして、このルノワールとともに、私たちをつなげているもう⼀⼈の⼈物がいますね。ジョン・カサヴェテスです。カサヴェテスの場合は、演劇をベースにリハーサルを繰り返し、そこでセリフを書き変えていくやり⽅です。僕の場合は⼀度書いたものに毎朝、更に書き加えて役者たちに渡すという⽅法をとります。けれど、私もカサヴェテスのように、監督としてより重要な役⽬は、どこにどんなふうにカメラを置くかの⽅だと考えています。ヴィッキーが何回も本番のテイクを繰り返さなくていいように、(役の)苦しみを何回も演じる必要はありませんからね、多くても2回のテイクで終われるように技術スタッフと⼀緒にカメラ位置などを⼊念に考え準備しておく。それだけ準備をしておけば、後はヴィッキーにバトンを渡し、ヴィッキーはバトンを受け取って⾛れるのです」と、偉⼤なる映画作家たち同様、演技の瞬発⼒を⼤事にしながら、演出における技術の準備を最重要だと考えていることを語った。
「カサヴェテスの名前が出てとても嬉しいです。(アマルリック監督の過去作)『さすらいの⼥神たち』はあきらかに『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』を思わせるし、前作の『バルバラ セーヌの黒いバラ』には『オープニング・ナイト』を想起させられました。今回は終盤で⾬が降るなかで⽊⾺を家にしまい込むというシーンで『ラヴ・ストリームス』の記憶がふっとよみがえったりしました。この映画⾃体が、複雑なアラン・レネを思わせる構成でありながら、ジョン・カサヴェテスのエモーションと融合したような、奇跡のような映画だと思っています」と濱⼝監督。
またこの映画から「物語が始まる前の時間、我々が知り得ない時間というものを俳優やスタッフたちは共有している」と感じたと語り、「それが俳優が演技をする上での基盤になっているのではないか」と⾔うことで、俳優を迎え⼊れるための準備のプロセスについて質問すると、「私たちは撮影の前に家族の過去を想像する必要があると思いました。⼀番最初に私たちがしたことは、ヴィッキー、(夫役の)アリエ、息⼦のサッシャ、娘のアンヌソフィー、彼らをその家に呼んで写真を撮りあうということをしたんです。冷蔵庫って昔の写真とか思い出というものを貼る場所じゃないですか。そのための写真を撮った。これがわれわれの共同作業で⼀番最初にしたことでした」と答えるなど、濱⼝監督の的確な質問がアマルリック監督の熱⼼な解答を引き出し、制作の裏側が次々話された。
そして、俳優でもあるアマルリック監督に最後に濱⼝監督が尋ねた質問は、「では最後なので、短く。演出家からされてイヤだったことで、これだけは僕は絶対俳優にはしないぞ、ということはありませんか」。まるで⾃⾝の次の撮影現場に役⽴てねば、というようなユーモアある濱⼝監督の質問に、場内の観客も思わず笑い、アマルリック監督も「Non!(ありません)」と芝居がかったように答えて、さらに場内は爆笑。
しかし、こうつなげて会場を唸らせた。「質問に答える形で、正直に⾔うなら、僕⾃⾝は俳優にこうはしないと⾔うシーンはセックスシーン(フランス語では“愛のシーン”=メイクラブするシーン)ですね。監督というのは⼥性でも男性でも“愛のシーン”の演出は少し怖いと思っているものです。皆あまりすすんで演出したがらず、あまり俳優をサポートしてくれない。このシーンは俳優におまかせ、そんな感じが多い。でも“愛のシーン”はストーリーテリングにおいて⾊々なことを含んでいる重要なシーンです。だから絶対に俳優におまかせという形で丸投げすることはやってはいけないと僕⾃⾝は思っています」と考えを述べ、「⻯介さんはそれをまさにちゃんと、『ドライブ・マイ・カー』の最初のシーンできちんと演出をつけているということがとてもよくわかりました。⻯介さんから出て来たものが、俳優にインスピレーションをもたらしていると感じました」と濱⼝監督の演出を賞賛。アマルリック監督の鋭い指摘に観客も⼤いに頷いていた。
そして「こういう会話を将来的にもどんどん続けましょう!」「ぜひ!」と約束しあって対談は終了した。
『彼⼥のいない部屋』はBunkamura ル・シネマ他全国順次公開中。
彼⼥のいない部屋
2022年8月26日(金)より、Bunkamura ル・シネマ他全国順次公開
原題:SERRE MOI FORT /英語題:HOLD ME TIGHT
監督: マチュー・アマルリック|出演:ヴィッキー・クリープス(『ファントム・スレッド』『オールド』)、アリエ・ワルトアルテ(『Girl/ガール』)
2021 年|フランス|97 分|DCP|カラー|日本語字幕:横井和子
配給:ムヴィオラ
© 2021 - LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILM
公式サイト http://moviola.jp/kanojo
この記事が気に入ったらフォローしよう
最新情報をお届けします
Twitterでフォローしよう
Follow WEEKEND CINEMA